参加している写真サークルのオンライン写真展が11月1日~始まります。

わたしも数枚参加していますが(どうぞ探してみてくださいね)、みなさん、独自の世界観ありで、息を吸うのを忘れて見てしまい、ひとりむせかえってしまいました。

みなさん、足を運ぶ写真展のように、ゆっくりご覧ください!

「写真展 光のとおり道」です。



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by mosottto | 2016-10-30 16:17 | 写真展 | Comments(4)


先週観た西川美和監督の『ゆれる』が、あまりにも良かったので、監督の別の映画も観てみることにした。

『蛇イチゴ』
西川監督の初作品。

一気に見終わって、興奮した。
理由もなく踊りだしたいかんじだ。
フィーリングがばっちり合う人と出会ったようなかんじで、異様にテンションが上がった。

その気持ちを抑えきれず、鼻息荒く、「やっぱりこの監督すきやわ!!なんか音楽の使い方とか、テンポ感がめっちゃいいねん!」と、台所でチャーハンを作ってくれてる夫に報告した。


夫は、
「いいやん。そういう自分の好きなのものをそのかんじでブログで伝えてみたらいい」と、いやに冷静なコメントを真顔でくれた。



とにかく、西川監督の映画は、わたしの肌に合うのだ。
肌に合う、まさにそう。


特典にあったインタビューを観ていると、謎がするっと解けた。

『蛇イチゴ』の前のタイトルは、『Family Afair』にしようと思ってたらしく、それはスライ&ザファミリーストーンというバンドの名曲で、黒人音楽好きの人の中では「毎度おなじみの」くらいの曲なのだ。

やっぱりか!と思った。
劇中で使われる曲のテイストが、ファンクやジャズっぽい曲なので、この監督黒人音楽好きなんかなあとうっすら思ってたけど、やっぱりだった。

音楽のルーツがすごく近いということは、その作品に流れる空気感もやはり共鳴してしまうものなのだ。


作家の西加奈子も大好きで、彼女も黒人音楽好きだ。


わたしのルーツはジャズやソウルやファンクやブルーズで、そういう中でもちょっと泥臭いものが好き。
土着っぽいかんじだろうか。

人間模様のドラマも、ちょっと救いようがないどうしようもない人間とか、またその対極の人とか、そういう、「人間やしいろいろあるわな」と匂わせるものが好きだ。

『蛇イチゴ』に出てくる登場人物も、まさに救いようながないような人たちばかりだけど、それがすごく人間界の縮図を見てるようでおもしろい。

正しいことだけがすべてではない。正しさとか、正義感のようなものは時に鋭利な刃物のようになることだってあるし、ウソばかりつく人生はどうしようもないけど、そのウソが人生を面白くさせてることだってある。

そうそう、オモシロかったらええやんと思えてしまうのが、人生であり人間なんやと思う。

夫がこの映画をちらっと観て、
「こんなくそみたいな家族とは会いたくないわっ」と、鼻息荒く怒っていた。(夫は映画にめちゃくちゃ感情移入するタイプです)

「不器用でもいいから、がむしゃらに生きて、決してうそをつかない人生をおれは歩む」と、聞いてもいないのに、人生観を宣言しだした。


まあ、なんでもいいけど、あなたはやりたいように生きたらいいよ、と心の中で思った。


とにかく、西川監督だいすきだ。今月公開の映画も必ず観に行くんだ。
ついでに西加奈子の新刊も12月発売だ。

とてもしあわせだ。





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by mosottto | 2016-10-26 13:41 | 映画のこと | Comments(0)

写真展 ぼくのポケット




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撮影場所:阪急電車 京都線  被写体:息子


久々にブログ写真展です。

子供の写真は日々、記録用として撮ってるだけなので、なんか作品を撮ろう!なんて撮ったこと一度もなかったんですが、先日偶然、一瞬ほんとの一秒くらい、息子の眼差しにはっ!としたので、シャッター押してしまいました。

自分の子供としていい!とかじゃなくて、人としてというか、子供の眼差しの強烈さにはっとさせられた、というかんじでしょうか。

吉田ルイ子さんのハーレムの子供の写真好きなんですが、ここは阪急電車、ハーレムではなんでもないですが、世界共通の子供の眼差しを撮れたようで、自分でもものすごく気に入ってる一枚です。








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by mosottto | 2016-10-19 15:03 | 写真展 | Comments(0)

映画、映画、映画づくし


息子は両親の好きなものをよくわかっている。

音符マーク☞♪を見ると、「あ、お父さん好きなやつや」と言うし、
テレビでBSプレミアムシネマの劇場シーンが流れると、「あ、お母さんが好きなやつや」と言う。


映画好き、と自覚したことはないが、なんだか最近異様によく映画を観ている。



劇場で観たのはフランス映画の’最強のふたり’と、桃井かおり監督主演の’’Hee火”。



『最強のふたり』は、すかーんとして見やすい。ふつうに面白い。ソウルミュージック最高。
よく雑誌の映画特集で組まれる「元気を出したいときに観たい映画」でおすすめするなら、この映画、というかんじ。

Hee火は、中村文則原作の小説を先に読んでから観た。
出だしの桃井かおりの演技は樹木希林ばりに憑依がかっていて、この作品への情熱が伝わってきた。
でも、これは一人芝居のような舞台で表現した方が、観客も共犯意識が持てて、ヒリヒリして良さそう。

観客数が平日朝だったためか、わたし含めて三人だったので、他人事ながら心配してしまった。
でも、なんでこの映画がイオンシネマなのか??
九条のみなみ会館あたりでやった方が、需要ありそうと、勝手ながら思ってしまう。

レンタルでは、
西川美和監督の『ゆれる』
ペドロ・アルモドバル監督『ボルベール』


『ゆれる』は前から観たかったけど、なんだか重そう、、と躊躇して中々見る気がしなかったものの一つだったけれど、この監督は好き、と出だしから思った。
音楽の使い方もすきだし、内容は重いけど、すごい客観的に心理描写が描かれていて、引き込まれた。

そして、出先で雑誌をめくる度に西川監督最新映画の『永い言い訳』の紹介が目に飛び込んできて、これは見ろって言うことと思うしかない。
モックン主演。暗そう、でも観たい。

10月28日、京都シネマで舞台あいさつがあるらしいので、タイミング合えば見に行くぞ。


『ボルベール』は5年前に一度観ていて、ペネロペかわいいくらいの記憶しかなかったけど、今回は全部入ってきた。

内容はハード。でも、そのハードさを今は理解できる。

二作品とも何度も繰り返し観たい。


食欲の秋と共に、せんべえかじりながら寝転がって、今年は映画をたくさん観てしまいそう。



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by mosottto | 2016-10-19 14:26 | 映画のこと | Comments(0)


今日は秋晴れ、快晴!ピクニックだ!ゴー!と、前日演奏で朝帰り、昼まで爆睡の夫をそっと置いて、母子で近所の大きな公園に出かけた。


偶然敷地の一角で、ウルトラマンショーが始まり、あまり興味のないわたしたちも野次馬のごとく観覧した。

快晴の日曜日に、原っぱに、ウルトラマンショーって、梅佳代の写真集に出てきそうだよな、とぼんやり思いながら。

のりのりの子供たちがいる中、ふと自分の息子の顔を覗き込むと、急に無言になり、神妙な面持ちである。

小さな声で、「ウルトラマン。。」と、つぶやいてみたり。

最後の写真撮影会には興味がなかったので、さっさとシートに戻ると、息子のテンションがえらい下がって、口数も少ない。
なんだかぼんやりしているではないか。

こんな大人しい息子は熱が出た時くらいしか見たことがないので、

「ちょっと、どうしたの?元気ないやん。熱あるんか?しんどい?」と、執拗に息子の様態を聞くと、

「ううん」と、一言だけ返された。

え?そうなの?でもテンション低いやん、ウルトラマン見てから。。と、母のやり場のない想いは他所に、息子は黙って遊具の方向へ走っていった。

それから徐々にテンションが上がり始め、あっという間のいつも息子に戻っていったので安心する。


帰りたくないくらいテンションマックスの息子を自転車に乗せ(母の体力の限界のため)、電動チャリのバッテリーが激減してひやひやしながら、のらりくらりと自転車をこぎはじめた。



10分くらいしてからだろうか。

秋の爽やかな風が吹き、のんびとしたのどかな川沿いを走っていると、急に息子が喋りだしたのだ。


「、、、お母さん、さっきウルトラマンを見てた時のことやけどね、ぼく静かやったやん。あれはなんでかって言うとね、、」

と、突如、母がすっかり忘れていたウルトラマンショー沈黙事件の真相を告白しだした。


「あれはね、(司会の)お姉さんの話がよく聞こえなかったから(音響トラブルでマイクの音が出なかったので、地声で喋っていたため)、しっかり聞くためにじっと静かに聞いていたんだよ」


と。



えー!


なんで三時間近く経った今、急に!

「あっ。そうなんや!声が良く聞こえなかったからなんや。そうか、はははー」と、なぜか無駄に明るく笑ってしまう母。


すごく深刻そうに告白する内容なのか?と若干思ったが、息子は息子なりに「あ、お母さんあの時、おれのこと心配してたな。違うねんってことを言わな」と、思い立ったのが、三時間後だったということだったのだ。


こんなに小さな三歳児でも、そんなことを頭の中でぐるぐる考えてるなんて、ちょっと驚きでもあり、彼なりにこれからいろんなことを感じ、哲学していくのだろうと思うと、胸がじんとなった、秋晴れの日だった。



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by mosottto | 2016-10-16 23:31 | エッセイ | Comments(0)

頭が開き切ってる男


イオンモールが似合わない人間というのが存在する。
(イオンモール。休みの日に家族を連れて、心ここにあらずの父親の象徴というもいうべきか。)


夫である。


ぱっと後ろを振り向くと、嫌々家族の食事会に連れて来られてうんざりそうな、思春期真っ只中(中二くらいだろうか)の顔をしてる、夫。(今年で39歳)

歩き方もだるそうだ。

その周りをはしゃぎまわる三歳の息子。


とうとう「頭が痛い」と訴えだす夫に、ゲーセンでモグラ叩きをしようぜ!と、元気に誘ってみる。

露骨に「おれはモグラ叩きをするためにここに来たんじゃない」というような顔をしながらも、ぽこぽこと叩きだす夫。

結果は微妙な点数で終わり、「これ、壊れてるわ」と、モグラのせいにしていた。

次はわたしの番。(その間、息子はおばあちゃんと一緒にどこかで遊んでた模様)

モグラ叩きに対して何の思い入れもないが、全神経を集中して、叩きまくった。
あまりに36歳のターバンを巻いた大人が本気でモグラ叩きをしているので、小学生の女の子のギャラリーもできていたが、一心不乱に叩き続けた。

がむしゃらにモグラを叩きまくった結果、夫の点数より倍近くの点数をはじき出してしまったのだ。


しまった!!



夫のうんざりした顔は言うまでもない。


「俺は頭が開ききってるから、ああいうノイジーな場所に行くと、しんどいんだ」という、わけのわからない発言をしてふて寝をした夫。


イオンモール、夫とはしばらく来たくない場所だ。




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by mosottto | 2016-10-10 15:35 | エッセイ | Comments(2)


我が家には、おしゃべり野郎でパーティ野郎が二人いる。

三歳の息子と夫である。

息子は「ちょっとお母さん、ぼくの話を聞いて!」と、日々いろんなことを報告してくれたり、「なんでかと言うと、それは、、」などの多少理屈っぽい説明をしたがる。

保育所の給食の時間にも、「てんつくくん、ずーっと喋りっぱなしで、残りの10分くらいで給食食べ終えてました(苦笑)」と先生に報告までされていた。

祭、パーティ、お誕生日という、実にめでたいキーワードが好きで、誕生日でもないのに夕食時に、「電気消して!ハッピーバースデーするよ!いやっほ~い!フォー!」と、盛大に家族三人分の誕生日を祝ってくれたりする。


夫はたまに夫婦で飲んでいる時、アンテナに引っかかる話題をふると、おしゃべりがとまらない。

独り言も多く、「ちょっと今の独り言?わたしに話しかけてる?」と聞き返すくらい、独り言の声がでかい。
不満そうに、「独り言や」と返されるのだが。


夫が20代前半は海外のパーティにも参加してたようで、仕事柄、今でもそういうイベントには顔を出す。ハメを外し過ぎて、後ろ向きに倒れて記憶を失ったこともあるそうだ。
私たちが出会ったのも、夫主催の南米音楽イベントであった。


わたしに至っては、幼少期は無口、常に窓際から空をぼんやり見つめるようなアンニュイな少女で、ぎゃーぎゃーうるさい子供たちがきらいだったし、学校も嫌いだし、群れることも嫌いな、反社会的な子供だった。

20代の頃はクラブでちょっと踊るくらいはしていたが、浮かれてはしゃぐようなタイプでもなく、ナンパされても「ちょっと友達と話し込みたいので」と断るくらいノリの悪い女子でもあった。


そんな極めてインドアーなわたしが、二年ほど前に突然ハロウィンパーティを主催したことがあった。
ママ友家族やサークル仲間、独身の女友達、なぜか義母の友達の息子さんの嫁と子供も参加してくれた。
12~3名ほどだが、パーティ野郎でないわたしにとって、ビッグパーティ以外の何物でもなかった。

ハロウィンなので、草間彌生の扮装をすることにして、赤のおかっぱのウィッグをかぶり、ピンクの色眼鏡をかけて、70年代のヨーロッパの古着を着て、よくわからないファッションピープルに変身した。

食事の仕込み、駅までの送迎係も担当した。(もちろん草間彌生のままで)
送迎係なので、お酒は飲めない。
しらふでパーティを切り盛りしながら、どんどん酔いつぶれていく参加者を冷静に眺めていた。無邪気に走りまわる子供たち。。

そして気づけば、アフロのヅラをかぶってサングラスをかけ、上はランニングに裏返しのジーパンをはいた夫が、床にごろっと寝転がり陶酔していた。

最後の参加者を家まで送り届けたあと、ぐったりと疲れ切ったわたしは、もうハロウィンパーティは主催しないと心に誓った。


パーティを主催する人は、根っからのパーティ野郎でなければできないが、パーティ野郎過ぎても陶酔してだめだ、という現実を知った。


その点では、非パーティ野郎のわたしにとって、今回のパーティは自分でも「あんた一体、どうしちゃったの?」と、言わざるを得なかった。


今年もハロウィンの浮かれた季節がやってくるが、大人しく家で寝っ転がってのんきにテレビを眺めていたい、と思う。









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by mosottto | 2016-10-08 17:05 | エッセイ | Comments(0)


わたしはよく皿や食器を割る。

夫に「ちょっと、尋常じゃないくらい割ってへん?」と、突っ込まれるくらいだ。

一番ひどかったのが、ワイングラス(100均)を買ってきて、床に置いた瞬間、ぱりーんと言って割れた。

一番多いのが、洗い物をしてる最中に手が滑って割ってしまうパターン。

結婚当初は夫の実家で同居していたが、そこでも義母が大事にしている食器まで割ってしまったし、ことごとくいろんな食器を割っていた。

いいよ、いいよとあっさり笑ってくれる義母だったが、内心では「ほんま、よく食器を割る嫁だわっ」と、はらわた煮えくりかえってたのではないだろうか。


寛容な態度な義母とは反対に、夫は烈火のごとく怒った。

「また割ってる!!なんでや!!」と。

なんでって。。

「物は壊れるもん」という、食器を割ってしまう件に対して、脳内で至って前向きな精神が作動するため、実のところ反省の色はゼロに近いのだ。

しかしあまりに立て続く時期があり、そんな楽観的な精神は通用しないという危機感に襲われた。

つまり、自分がいかに「うっかりしてる」という事実だ。

叱られるのが嫌なので、こっそり裏口に出しておいたのを、夫に見つけられてしまう。

まさに波平に叱れるカツオの気分。

「また割ったんか?!」

ほんと、どうかしてるよ、信じられない、という顔の夫。

こういう時は真顔で「そうやねん」と、開き直るか、ぺろっと舌を出しておどけてみせるしかない。(今年で36歳だが)


しかし、よくもこんなに頻繁に食器を割るもんだと、自分の注意力のなさに目を見張るものがある。


憧れの女優に、高峰秀子がいるのだが、彼女の本で旦那さんが「一緒に暮らしていて、一度も彼女が食器を割ったことを見たことがない」と語れていた。
そのくらい、きちんとしている、ということだろう。


その一節を読んで、ちょっぴり落ち込んでしまいながら、わたしは高峰秀子ではないのだし、どう考えても、高峰秀子にはなれっこないんだ、というまたもや開き直りに落ち着いてしまう。


しかし今のところ、この半年は割っていない。



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by mosottto | 2016-10-06 14:48 | わたしのこと | Comments(0)