おっさん愛


ぼんやりテレビを観ていたら、若い俳優が旅番組に出ていて、ベビーフェイスでまだ若そうな風貌なのに、話口調や体つきが、’現場のおっさん’そのものなので、そのギャップに驚いてしまった。

下積み経験が長かったのか、過酷な現場を経てきたのか、ものすごい苦労したのか、あのおっさん感はそうそう出せるものじゃない。

なのに、顔は男前やし、どちらかというとかわいらしい甘い顔だ。

体つきは現場で鍛えられた肉体美(決してジムのトレーニングで鍛えたような筋肉ではない)で、しかもその肉体も現場のおっさん感がむんむん漂うかんじだ。


わたしは「う~~ん、なんなのこの子、かわいい顔してめっちゃおっさん臭丸出しやん!」と声を荒げると、夫がぽつりとつぶやいた。


「ほんまやな。おれはやっと39年目にしてこのおっさんの体を手に入れたのに、こいつは25,6くらいにして、もうすでにほんまもんのおっさんや」と。



今年の夏のキャンプでも、西成のおっさんみたいな喋り方をする小学生に目を見張ったが、やはりわたしは現場のおっさんが好きなのかもしれない。




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by mosottto | 2016-09-22 18:17 | エッセイ | Comments(0)

リズムワークショップ


先日、夫が参加するライブを観に行ったのですが、ボーカル&ベースが素人の方で(といってもちゃんと歌える&弾ける)、プロとアマチュアの違いがはっきりわかって、正直焦りました。

なんで焦ったかというと、「ある程度演奏できても、それはプロの仕事とは違って、自分の世界で演奏してるのが素人」=「自分の世界で演奏して酔ってる姿は、ちょっと見てられない」=「もしかして自分も人前で歌ったりしたときは、こんな風に見えてるんや!」=「やばい!」=焦りです。(長い)


わたしが今まで観てきたプロのミュージシャンたちの演奏は、どちらかというと、「職人仕事」に観えました。
ものすごいシビア。

自分の世界で酔ってる人なんて一人もいませんでした。


これが、プロとアマチュアとの違いなのか!と、はっきりわかります。これはどんな芸術の分野でも同じかもしれません。


終わってからそのことを夫に話すと、なぜ「見てられない」風に感じるのかというと、「リズムを理解してない」からなのだそうです。

歌をある程度歌えても、楽器も弾けても、リズムを理解してないと、とんでもないことになるんです。

わたしはさらに焦って夫にリズムについて質問すると、即その場でリズムワークショップが開かれました。

まず、歩く。

リズムを感じながら歩く。

そして、ハトの動きを真似して歩く。


夫婦でハトになりながら、家の中をぐるぐる回るのはとても滑稽極まりない。
その周りをテンション上がった三歳の息子が走り回るといった、光景。

なんかへん。
へんな家族。

でも変なことを全力ですることに意味があるのだ!(心の声)


わたしは歌手志望でも、音楽をしたいわけでもないのに、一人ものすごく焦って、夫のリズムワークショップを受けました。


リズムを感じてない人間になんてなりたくない!


恥ずかしいですが、こんな気持ちになりました。


どこを目指してるのかまったく不明ですが、とりあえずリズムを理解したくて、ハトの動きを今日も練習します。






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by mosottto | 2016-09-19 16:29 | こども、家族のこと | Comments(0)

写真展 ばらあそび

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(撮影場所:自宅)














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by mosottto | 2016-09-07 14:47 | 写真展 | Comments(0)

写真展 ひかりのあそび



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撮影場所:松尾大社 2013年頃?


なつかしい写真が出てきたので展示したいと思います。

まだ息子が赤ちゃんの頃、本当にわたしはよく写真を撮ってました。息子の写真だけじゃなくて、こういうちょっとしたイベントでの写真。

ライブ写真なんかは一番好きです。

空気感、音、振動、湿り気、暑さ、いろんなものが写真から感じ取れそうだからです。

この日はVJと音楽のイベント。
場所が松尾大社という場所なだけに、何か異空間にトリップした気分。
夫に息子を任せ、ひたすら写真を撮りまくっていたのを思い出します。





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by mosottto | 2016-09-05 10:06 | 写真展 | Comments(0)

中村文則『火』を読む。


西加奈子、又吉直樹のファンなので、二人が大絶賛する中村文則のことは前から気になっていました。


『教団X』も、何度も書店で手に取ってみたものの、あまりの分厚さにくらっとして、静かに元に戻しました。

三歳男児を毎日追いかけまわして、毎日電池が切れた状態で寝落ちする今の自分に、これを読める気がしない。。



比較的読みやすそうな『あなたが消えた夜に』の文庫本を一度読んだことがあるのですが、あまりの暗さに、「あちゃ~~~」と額に手をあてて、声を出してしまいました。

救いようがない暗さというか、明るさを拒否してる全体的ムード。


たぶん、思春期というか、欝々と自分のことだけ悩んでられる状況の時なら、すごくその暗さが心地いいと感じると思うのです。


毎日21時就寝、6時起きで、朝日を浴びて、子供と一緒に明るい太陽を追いかけてるなんて日常の中で、この暗さは対極過ぎて、まったく響かないのです。むしろ、「元気だせよ、中村っ」と、肩をばしっと叩きたくなる想いです。


そんな中で、『火』

たまたまテレビで見た、桃井かおり監督主演の映画が気になるなあと思っていたら、原作、中村文則ではありませんか。

もうすぐ公開。観たい!

そう思ってたまたま開いた雑誌に、桃井×中村インタビュー記事が。

これは原作を読まずして観れないと、『火』が収録されてる『銃』を購入しました。

主人公が手記のように淡々と語るという、実験的な内容で、またその暗さにため息がでる。

でも、ふと感じたのは、その主人公が体験したことや主人公の病気的な思考が自分の中にある、ないに関わらず、「こういう物語を生きてる人もいるのだ」ということが、自分の心の中の小さな箱に少し触れるような気がしました。

というのは、この世界が明るく前向きできらきらとしたことだけで成立してはいないという事実を受け止めることは、とても重要な気がするのです。

朝と昼があるように、真っ暗闇の夜もあるというように。

真っ暗闇をどこか否定していなかっただろうか?と。

ああ、思春期の自分はもっと暗かったなあ、とか。
一日誰とも口を聞かない日なんてざらだったよなあ、とか。
嫌なことはしたくない、刺々しいほどの未熟な自分。

大人になり(大人になれてるかどうかは怪しいが)、結婚をし、出産をし、育児をし、人間関係を円滑にさせるために身に着けた術で、どこか、こういう真っ暗闇を追いやっていたのかもしれないのです。

人間には誰でも(めちゃくちゃ明るい風に見える人でも)真っ暗闇は存在していて、大抵は隠したくなる部分でもあるのだけど、それを否定したり、存在を無視することは、自分自身に嘘をつき続けるのと同じことかもしれないです。


自分の中の闇にただ酔いしれたり浸るのでなく、こういう部分もあるわな、と、認めるのは潔い行為だと思いました。

(まとめると、子供といると、毎日が太陽の中にいて、闇に浸る時間がないわね、という個人的な話でした)



というわけで、桃井監督の『火Hee』、この世界観をどう映像化しているのか、公開が楽しみです!




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by mosottto | 2016-09-04 16:52 | 読書の時間 | Comments(0)