カテゴリ:エッセイ( 43 )

人生のまさか。


自分の人生でこんなことはしないだろうと、思うことが、生きていると度々起こる。

ひとつは、ふて寝である。
ドラえもんののび太のように、布団をかぶってふてくさせるというあれだ。

あんなこと、するの?と思っていたが、30過ぎて、夫とケンカしたり、イラついた日は、9割方、わたしはふて寝をする。

絵に描いたように、「もう、寝る!」と家族に言い放ち、家事と育児を放棄して、布団をかぶって寝るのだ。
だいたい5秒ほどで寝れる。

次の日は何もなかったように、すっきりとした朝を迎えられるからとてもいい。


ふたつ目は、道端での立ち話だ。
幼少期、母と歩いてると必ず知り合いのお母さんに会い、母同士で長い立ち話をする。
待たされた子供は退屈極まりない。
なんでそんな喋ることある?と思っていた。中身があるようなないような会話ではないか。

大人になってからも、道端で話し込む主婦を見たら、あの姿はおばちゃん感丸出しやなあと、うっすら軽蔑さえしていた。


しかしだ、昨日息子と不燃物のゴミ出しの帰り道、知り合いのママさんに会い、PTAの役員の引継ぎがどうだの、あれはどうなった?だの、軽い立ち話をして、子供に「早く帰ろうよー」と言われた。

はっとした。

まさか自分が!

一瞬くらっとしたが、生きていたら、こういうことも起こるだろうと開き直った。


生きていると、そんなことの連続だ。


そのほかに自分の人生でそれだけはしないだろうと思うことは、南の島でバカンス。プライベートビーチでトロピカルジュースを飲みながら、ゆっくり読書、である。




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by mosottto | 2017-04-26 10:03 | エッセイ | Comments(0)

誰かを笑わせたいのです



笑いは緊張と緩和だと言う。

だからか、しんと張り詰めた雰囲気の場で、突然おもしろいことを思いついたりする。

(蛭子能収が葬式の時ほど笑ってしまうのと同じ原理だろうか。)


子供の懇談会でも、真面目にいろんな家庭の話を聞いていると、「なんか笑わせたい」という衝動にかられ、うちの子の少し笑えるネタを投入してみる。

ウケるとうれしいし、ややウケだと、もっと頑張らねば!と思う。
帰りにママさんに、「爆笑でした!」と感想を言ってもらえた日には、心の中でガッツポーズだ。
そして、わたしは何しに懇談会行っているんだろうかと、後になって急に疑問に思ったりするのだが。

ママ会でも、我が家の一ネタを披露し、みんなが腹を抱えて涙を流すくらい笑ってくれた日には、「今日はいい仕事ができた!」と、意味不明な達成感に包まれる。


一番ひどいのは、少し前の保護者会の総会で、役員同士での真面目な、もっと言うと深刻な話し合いをしてる最中、場がとても緊張感に包まれたので、「いや~園長先生、ああ見えて職員室の自分の机で万札数えてたらおもろいですね」と、言いそうになったことだ。

そんなことしそうにない園長が、というブラックジョークだが、どう考えても今そんなことを言ったら、全員引きつってしまう(一人くらいは苦笑いするかもしれない)と、瞬時にブレーキがかかった。
言わなかったものの、そういう場ではいつも頭の中で、くだらないことが行ったり来たりしてる自分に時々うんざりもする。


でもおもろいことを考えるのが好きなのだ。





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by mosottto | 2017-04-25 14:43 | エッセイ | Comments(0)

中年にさしかかる子供


土日はお父さんが子供を連れて公園に行ったり、もしくは家族全員で出かけたり、などという家庭が多いと思う。


我が家の場合はほとんど母子家庭に近い状態である。
夫はだいたい土日は休みだが、やっと自分時間!と言わんばかりに音楽の練習したり、パソコンの前で難しい顔をしたり、たまにガラムを吸って息抜きし、演奏をしにいったり、スタジオへ消えていく。

まだ子供が1,2歳くらいならまだしも、息子は今年5歳である。
お父さんを必要としてる時期ではないのか。
母親ばかりと一緒では甘えてばかりだ。
自分のやりたいことばかりに時間を使い、お前も子供じゃないのか!と、内心、はらわたが煮えくり返る思いであった。


先日の休みに、「たまには一緒に公園へいってこい」と、二人を半ば強制的に追い出した。
息子は「わーい!」とうれしそうである。
夫は浮かない顔。
なぜなら、公園へ行っても、遊びに没頭する息子なので、ずっとそれを見守ってる状態が退屈なのだという。(親としては当たり前のことなのだが)

案の定、30分もせず帰ってきた。
夫は思春期の中学生のような顔をして、
「ぜんぜん、遊んでくれないっ!」と、本気でキレていた。

もはやどちらが子供なのか、わからない。

息子も若干しゅんとしていたので、「一緒に買い物いこう」と誘うと、ぱあっと明るい顔になった。
近所のドラッグストアに行き、「好きなおやつ、選んでいいで」と言うと、ぜったい食べたくない不気味な色のグミを選んだ。

それと一緒にカプリコのイチゴ味を夫のおやつに買った。

家に帰り、わたしは美容院の予約があったので、夫にカプリコを渡し、出かけた。


次の日の朝、夫にあげたカプリコを息子がおいしそうに頬張っていた。
息子にあげたんだと思って、何も思わなかったのだが、朝帰りで昼過ぎに起きてきた夫に、「あのカプリコ、てんつく(息子)が食べてたで」と言うと、信じられないくらい悲しそうな顔をする夫だった。

子供が一緒に遊んでくれないと嘆く夫。
子供にカプリコを食べられて悲しむ夫。

どれも今年40歳になる大のおっさんの話だ。


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by mosottto | 2017-04-24 15:20 | エッセイ | Comments(0)

お弁当論争



いつも夫のお弁当を作っているのだが、ほぼ毎日、帰ってきたらお弁当箱を流しに出さず、袋に入れっぱなしである。

次の日の朝、仕様がなく袋から出し、お弁当箱を洗う。

そして新しいお弁当を袋に詰める。


今日もまた、帰ってきても、お弁当箱が出ていない。


わたしは考えた。

お弁当袋に図入りで「お弁当箱は、だす」という、貼り紙をした。

「お弁当箱は出してね」と書くとなんだか白々しいし、
「お弁当箱は出しといて!」だと、あからさまに攻撃的すぎる表現。
なので、「お弁当箱は、だす」という極めて無機質なトーンの表現にした。
一週間に一度くらいの頻度でお弁当を出すようになったが、それでもほとんど出されていない。

ううんと、わたしは首をひねる。

さらにデカい貼り紙をしよう。

前の二倍のデカさの紙に黒マジックで「お弁当箱は出す」というメッセージと、目つきの悪いネコが弁当を出してる絵を描き、お弁当袋にデカデカと貼って持たせた。

夫が帰ってきて、「仕事場の人がこの貼り紙見て、そうとう弁当箱出してないんㇲねって爆笑されたわ」と言いながら、お弁当箱をすんなり出している。


第三者を巻き込む力は絶大である。


この効力がいつまで続くのか。

しかし、夫にいかにスムーズにしてほしいことを誘導していくかというのは、育児と似ている。
忍耐と地味な労力。




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by mosottto | 2017-04-23 10:22 | エッセイ | Comments(0)


テレビで自閉症の特集を見ていて、大学生の自閉症の女性が小学校の頃の記憶を話していた。

「とにかく学校にいくといろんな情報や音が一気に入ってきて、その状況に耐えられなかった。中学の時は配慮してもらい、放課後にマンツーマンで授業を受けていた」

それを聞いて、あ、と思った。

自分も小学校が苦手で、行くと大音量のノイズが体中を走り、頭が痛くて、何も発言できなくなり、ただ教室の中で小さく丸まり、友達ができないので、休み時間は廊下をひたすら歩いていたのだ。

先生に特別学級なるクラスに放課後来てみない?と誘われた。
子供なりにそこにいく子は他の子と何かが違うから、そこへ行かされるんだと気づき、絶対に行かなかった。

結局小学校を三年生の時から卒業までストライキした。(小5は半年くらい行ったが)

大きなものに、わたしは抵抗していた。

母は泣きながら「なんであんたはみんなと同じことができないの」と言った。
子供のように、思い通りにならない現実に悔しがって泣いてるようにも見えた。

8歳くらいのわたしは、「なんでお母さんは人と違うわたしを、責めるのだろう?」と不思議に見つめた。
父親も世間の常識からズレるのを嫌い、わたしを猛烈に責めた。
それから一歩も家を出ることをやめて、両親とも誰とも話すことがなくなり、ただひたすら読書や絵を描いたり、音楽を聴き続けた。

もしかしたら、わたしも実は心療内科などに行っていれば、そういう診断を受けたのかもしれない。


けれど、そういう病気です、と言われたとして、何か変わったのだろうか?
あの子は病気だから、と、周りが配慮しだして、わたしの心は楽になったのだろうか?


今思うと、みんな個性があるのが当たり前なのに、みんなと同じであることが大事と言われているような集団生活で、特別扱いされるなんて地獄でしかない。

わたしはたった一人で抵抗していたのだ。
今思うと、あんたそんな力入れんでもよかったのに、とも思うが。

大人になってからやはり俗世間に馴染めないところもあるし、「変わってるねー」なんて言われることもあったが、一部の人たちと芸術家からは「ふつうやで」と言われた。

世界はひろいな、と思った瞬間である。









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by mosottto | 2017-04-21 13:16 | エッセイ | Comments(2)


コーヒーが好きじゃない。
なのに、コーヒーを淹れるのは好きなのだ。


20代後半、スタバでさえも、コーヒーを注文したことがなかったのに、急に自分で淹れてみたくなり、一式揃えた。

豆も、京都で有名な焙煎所の豆を仕入れて。
ケニアもインドもブラジルも深煎りも朝煎りもようわからず。

部屋中に豆の香りが広がって、それだけで心地いい。
しかし淹れたてを飲んでもちっともおいしくない。

やはりコーヒーが好きじゃなかったのだ。


数年後コーヒー好きの夫と結婚し、彼は毎朝のように自分でドリップする。

「どんな豆でも淹れ方でうまくなる。高い豆を淹れたら誰が淹れてもおいしくなるやろ。でも安いそのへんの豆でも淹れ方が上手やったらうまいのや」と、熱弁する。

コーヒー好きの友人をほかにも知ってるが、それぞれの趣味嗜好やこだわり、コーヒーに対する自論を激しく持っているので、聞いてると正直めんどうくさい。
がたがた言うてんと、飲めや、と思う。

今でも時々自分で淹れるが、やはり、さっぱり上手さがわからない。
自分の淹れたコーヒーがうまいのかどうかも。

先日ママ友に自分で淹れて出したら、
「自分、コーヒー淹れるのうまいな」と言われた。

そうか、それなりにおいしいのか、と人の意見で確認するが、自分で飲むと、やはりわからない。

コーヒー自体の味が好きではないのかもしれない。

だったらわざわざ淹れて飲むなや、と言われそうだが、淹れるのが好きなのだから仕様がない。

コーヒーを淹れる時間。
豆の様子をうかがって、待って、ゆっくり行う所作。お湯を注ぐ音。立ち込める香り。
すべてが心地いい。

また別のママ友の家にお邪魔したとき、彼女はゆっくり時間をかけてコーヒーを淹れていた。

「あかん、納得いかん!もう一回淹れなおすわ」と、真剣な表情。
コーヒーに対するこだわりが彼女をより凛々しくさせた。
そういうこだわりは好きや、としげしげとコーヒーを淹れる後ろ姿を見つめて待っていると、

満面の笑みで彼女は「完璧に」淹れたコーヒーに、どぼどぼと牛乳を投入させた。しかも温めず冷えた牛乳!

まじか、と思った。

「良かったら使ってや」と、どんと威勢よく、テーブルに牛乳パックが置かれた。
あのこだわりはなんやったのか。
わたしの頭の中に鳥が飛んで行った。

そうか、彼女もコーヒーを淹れる所作が好きなのかもしれない。
そう思うことにしよう。







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by mosottto | 2017-04-13 10:08 | エッセイ | Comments(4)

無秩序な中の心地よさ


整理ができない。

引き出しの中は、ぐちゃあっとなっているし、いつもだらしのなさで夫にブーブー言われている。

本屋の暮らしのコーナーに行くと、整理術の本がずらりと並んでいる。
最近は流行りなのか、お洒落なものが多い。
しかし、手に取ってぺらぺらめくった瞬間、頭がくらくらと揺れる。

並べ過ぎだ。
みんな、きれいに並べ過ぎだ。

こんなに「まっとうに」並べられると、とても生きた心地がしない。

若干呼吸困難になり、静かに本を閉じて元に戻した。
この本に用はない。



知り合いに、ミニマムな生活を目指して整理好きな主婦がいる。

なにやら整理好き友達がいるらしく、彼女らと日々、自分の家の’完璧に整理されたお気に入りゾーン’を写メに撮って、メールで送り合うとのこと。
そしてお互いの家に行き、整理ポイントを披露し合うという。

その話を聞いただけで、吐きそうになった。

彼女たちを我が家に招き入れたらどうなるのだろう、などと想像してしまう。

衣類がぱんぱんに押し込まれたクローゼット、スプーンやフォークが収納しきれてない乱雑な引き出しの中、分類されてるのかどうかわからないような領収書の山、意味のない物が転がっている我が家。
彼女たちは発狂するだろう。
お掃除スイッチを一気にオンにしてしまうこと大だ。



きっちり整理できていれば、物事が効率的に運び、スムーズに暮らせそうだが、「あれ、どこにやったっけ?」などと言いながら無駄な時間を過ごすのも嫌いではない。


去年写真家ソウルライターのドキュメンタリー映画を観ていたら、彼の家の中は実に無秩序であった。
自分の作品のネガなどが一切整理されていないため、作品集を作るのに一苦労するのだとか。

でも彼は言う。無秩序な中の心地よさがある。


そうか、整理され過ぎた部屋にいるととても生きた心地がしない理由がわかった。

物も人も雑多な方が好きなだけなのだ。








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by mosottto | 2017-04-12 14:52 | エッセイ | Comments(2)



西原理恵子の漫画の中で、息子っていうのは急に走り出してどこかへ行っちゃうものなのよ、というシーンがあった。

ほう。そういうものか、やっぱり、と思いつつも、自分の息子のことを思うとあまりぴんとこなかった。

うちの息子はどちらかというと慎重派で、恥かしがりや、とても甘えたで、4歳になってもスーパーで少しはぐれただけで、泣きだしてしまうほどなのだ。

だから急に走り出してどこかへ行ってしまうなんて、まだまだ先だ、と思い込んでいた。

しかし、先日、帰り道に息子が急に言い出した。

「ぼく一人で帰るし!お母さんついてこないで!」とやる気満々の顔で宣言し、だだだだーっと走りだした。

追いかけると怒るので、はじめてのおつかいばりに、そうっと隠れて見守ってると、案の定突発的に飛び出したり、前を見ていないので、車にぶつかりそうになる。

何度も冷や冷やして、これは心臓に悪い。
なんかあってからでは遅い!と自転車を立ちこぎで息子を追いかけた。

家の周りは車の往来が多いので、まだ4歳の子一人では大変危険である。女の子ならまだしも、男の子なんてなんにも周りを見ていない。目の前の蝶々しか見てないだろ、お前ら、というかんじだ。それでも息子は風のように軽快に駆け抜ける。

とても自由で楽しそうなのだ。


うちの子、急にどうしちゃったんだろう。


次の日、息子とドラッグストアへ行き、会計を済ませていると、いつもなら隣で待っている息子が見当たらない。

消えた!

案の定、店を一人で飛び出し、家に帰る途中であった。

「おしっこ出そうやったから、先に帰ってたんや」と。



しかし、急である。



急に走り出して、どこかへ行っちゃうのか、男の子って。

そうやって数十年後に外国とか急に行っちゃうのだろうか。

急すぎて、母は心臓が、どきどきする。





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by mosottto | 2017-04-12 13:55 | エッセイ | Comments(2)

おっさんにからまれる


日々、ネタを求めて右往左往してるのだが、先日おっさんにからまれた。

息子と郵便局の前で自転車を止めている時、おっさんはどこからか、くわえ煙草でふわあっと寄ってきた。

結構な至近距離で、
「なあ、今何時かわかるか?」と聞かれた。

背広は着てるが、くわえ煙草といい、目がどうもまっとうではない。

携帯を探して、
「4時10分です」
と答えると、

「まだ4時なってないんやな」と、おっさん。

いや、4時過ぎてるし。
時間とか、ほんまはどうでもいいやろ、話したいだけやん、と心の中でツッコミながら、おっさんを無視して子供を自転車から降ろそうとしていたら、

おっさんはじいっとこっちを見て、

「自転車乗っとんのか。自転車はよ降りや!」と叫んだ。

今、降ろしてるところやし。

無視して郵便局へ向かうとしたとき、棒立ちでこっちを見ながらおっさんは叫んだ。

「ヘルメット!自転車乗るときは、ヘルメットかぶりや!」


たまたまその日、子供の自転車用のヘルメットを忘れていたのだ。


「今日は忘れたんや!」と叫んで、郵便局に入った。


「へんなおっちゃん居たな」と、息子につぶやくと、「そうなん?」と不思議そうな顔をしていた。

郵便局から出ると、あのおっさんはもういなかった。

子供といると、どこからともなく、ふらふらしたおっさんにからまれることがよくある。
「ええ子やな」と、急に飴をくれたり。
「こんな怪しいおっさんについていったらあかんのやで」と忠告してくれたり。

大概そういうおっさんはどことなく、まっとうでない雰囲気をかもしだしているのだ。

自分が子供の時も、何してるんだかわからない、町をさ迷うおっさんはいた。
あたたかくなると出没する、町の風物詩ともいうのか。

こんなおっさん、まだいんねやなと、すこしなつかしい気分になったりするのだ。






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by mosottto | 2017-04-11 14:37 | エッセイ | Comments(0)

春、母になる。


もう春である。

5年前の春、わたしは夫と結婚し、夫の実家で同居することになった。
誰も知り合いがいない町に引っ越して、家の周りは田んぼや山やら、自然だけは充実していたのである。

街中から引っ越してきたので、しばらく途方にくれた。
カフェも店もなにも、ない。
友達もいないし、家では気を遣うし、とても毎日が緊張と不安の連続であった。


そしてある時、姑のあるひと言に大変傷つき、わたしは突如脱走した。

裏の山に逃げ込み、それはそれは悲劇のヒロインばりに大泣きしたのである。
わんわん泣いていると、そこは犬の散歩道にもなっているので、大きなレトリバーと中年のおっさんが通りかかり、

「どうしたんですか?」と、おっさんは軽く引きながら声をかけてきた。

まっ昼間に山の草陰で、三十路過ぎの女が泣いてるのである。
なかなかない光景に、やはりおっさんは引いていた。

わたしはおっさんにつらい状況を言いかけたが、口から出てきた言葉は、
「なんでもないです」
だった。

なんでもないわけ、ねーじゃん。という顔を残しておっさんとレトリバーは去っていった。

わたしは悲劇のヒロインごっこをやめ、山から降りて、住宅地をとぼとぼと歩き始めた。
帰る家は、夫の実家だけである。
でも今帰ったら姑もいるし、バツが悪い。
帰りたくない、そう思いながら、携帯で実家の母に電話をした。

すべての話を母は黙って聞いてくれ、最後にこう言った。

「あんた、もうすぐ母になるんだから、強く生きなさい」

正義感と責任感の塊のような母らしい一言であった。

わたしは腹を決めて、家に戻った。
心配していた姑に、自分の気持ちを伝えたら、姑は泣きながら「ごめんな、ごめんな」と謝ってくれた。

それから三年間、わたしたちは時にケンカしたり、笑ったり、喜んだり、泣いたりしながら、家族としての時間を過ごした。

5年経った今では、第二の実家のように、いつもくつろがせてもらっている。


しかし、あの茶番劇のようなわたしの振る舞いは、今思い返すと恥ずかしさを超えて、お笑いである。
子供だったのだ。


姑の一言で山に逃げ込むなんてこと、今はもうしないだろうなあと思うと、すこしさみしい。

母になり、オブラートのように薄かった心が、ドラム缶のように大変頑丈になってしまったからだ。









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by mosottto | 2017-03-23 11:48 | エッセイ | Comments(0)