結婚すると何かが変わる


もともとわたしは、行動する時は常に考えて行動し、考えすぎて行動しなかったことが多いという、なんとも情けない性質を持っている。

夫はその逆で、何も考えずに行動でき、わりと場当たり的なところを持っている。

わたしがこの人と結婚しようと思ったところは、それにある。

結婚前に二度、二人で旅行をした。
ひとつは、わたしがプランをすべて考えた旅行。
もうひとつは、すべて夫に任せた旅行である。

わたしが考えたプランは宿も前もって決め、何から何まで不安な材料がないようにすべて予約済みのプランである。
安心感はあるが、特別面白味もないという無味無臭な旅であった。

夫に任せたツアーは宿も決めず、とりあえず現地へ行く!という行き当たりばったりなツアーである。
初めて行った土地なのに、すぐに道を覚えて、現地の人のように馴染む夫に少しびびった。すべて直観でどこへ行くのか決めるのだから。

結果、とても充実感があり楽しかったのは、夫に任せた方だった。

そういうわけで、この人と一緒にいたら面白いはずだという安易な発想で結婚してしまった次第である。


結婚五年目、先日家族で海にでかけようとはりきって出発した。

夫は睡眠不足のため、運転はわたしである。
高速道路をぶっぱなし、当初の予定とは違う海ポイントへ行くことに変更しようとしたところ、
「おれはそっち方面の道は知らないから、引き返した方がいい」と、弱気な発言をするではないか。

何を隠そう、我が家は夫婦揃ってガラケー、車にカーナビはない(正確にいうと付いているが、古いタイプのため、使わない方がましという選択である)、どこか遠出する時は、原始的な地図を確認してから行くという、アナログ文化甚だしい一家である。

大体の家庭なら、カーナビやスマホで道の確認がすぐにできるわけだが、うちはそうはいかない。
地図帳を観る or 通りすがりの人に道を聞く
というやり方だ。
プラス、根拠のない’勘’である。

その日は地図を持参していなかったので、夫はよくわからない道は行かないとの判断を下したが、わたしはそれを跳ね除け、大体案内板で’なんとかなるだろう’という一点だけで、向かった。

結果かなりの遠回りをしてしまったが、無事に目的地までたどり着いた。

海に入り狂喜乱舞の息子と、意外と海の冷たさに引いている夫を見ながら、ふと考えた。

5年前のわたしなら、まだペーパードライバーであったし、運転どころか、高速に乗るなんて考えられず、もっと言うと、目的地へのルートが確認できないという状況で、突っ込んでいく積極性は皆無だったはずだ。
確実にわかる目的地へ引き返していたに違いない。


五年で何かが少し変化している。


あと十年経てば、もっと変わっているのだろうか。





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# by mosottto | 2017-07-26 14:20 | エッセイ | Comments(2)


ラテンアメリカ文学の作家、ガルシア・マルケスの’百年の孤独’を読んだ。
1ページが二段になっており、恐るべき改行の無さなので、牛歩のごとく読み進めるはめになった。

南米のある町を開拓するブエンディア一族の百年の歴史を描いた、壮大過ぎる物語である。


しかも、
この小説の登場人物であるブエンディア一族は、息子が生まれる度に同じ名前をつけるので、アルカディオかアウレリャノにホセが付いたり付かなかったりで、お前は何代目のアルカディオ?と混乱することの連続なのだ。
最初は頭をフル回転させて、ええっとこれは二代目の、、と前後させながら読みすすめていたが、後半は脳みそが溶け出してきて、「もうどのアルカディオでもええわ!」という、あきらめの境地に至った。

おまけに子町娘のレメディオスという美少女が突然、天使のように舞い上がり、天に消えていった、などの躊躇ないファンタジーになっても、特別何かの意味があるわけでもなく、完全
にはちゃめちゃなブエンディア一族と作者の世界観に振り回されっぱなし状態で、もはや脳がふにゃふにゃになりかけていた。

このひたすら長い長編小説を一夜で読めるはずもなく、3、4日に分けて読み進めたのだが、脳みそがふるふる状態のまま、現実の用事を済まさないといけないことは、大変困難であった。

今年は自治会の組長が回ってきたので、役員会の会議などに参加してると、南米の乱痴気騒ぎブエンディア一族にやられた脳で、ぼんやりしてしまい、現実へのチューニングで必死だ。

必死のパッチで読み終えた頃は、現実と非現実の二重生活を送ったかのようでへとへとであった。

なぜ、時間が有り余っている十代、二十代の時に読まなかったんだろうか!と、かなり後悔しつつも、そのくらいの年代ではきっと最後まで読もうと思わなかったに違いないと確信を得ている。

わたしなんかより余程ラテンアメリカとは縁のある夫が、まだ読んだことはないので、感想を聞いてきたのだが、最後まで読み終えた
という事実だけで、特に感想がなかったことに、自分でも驚いた。

とりあえず「輪廻転生だよ」とだけ言っておいた。


次に読むときは、子供が成長し、時間に余裕があるときにしたい。




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# by mosottto | 2017-07-26 13:34 | 読書の時間 | Comments(0)

映画のなかの映画


久しぶりに映画を観た!という映画を観た。

1973年アメリカ映画’ペーパームーン’

映画はBSプレミアで録画したものを観ているのだが、この映画は大分前に録画したものの、観る気がせずにしばらく放っておいた。
ロードムービーのような雰囲気があったので、せかせかした毎日の合間に観る気がしなかったのだ。

しかし突然、「観よう!」と思い立ち、観始めるとぐんぐん引き込まれ、最後のラストシーンにぽろりと泣けた。

戦争映画を観て悲しさで泣くという涙でなく、人間の心の中にあるものを揺らされて泣けた、というかんじだろうか。


それにモノクロの映像も写真集を観てるかのように美しいし、物語のテンポもいいし、ドロドロとした複雑な心理描写もなくとても軽い。
ハラハラドキドキもあったり、ユーモアもあったり、最後はじんわりと終わる。

子供が煙草吸ったり、詐欺師になるのも、映画らしいシーンで好きだ。(今の時代ならNGだろうか?)

なにより、主人公の子供と詐欺師の男の背負ってる孤独感と、ずるがしこく生きるたくましさがこの映画の魅力を増している。

どうもわたしはどこか影が潜みながら(人間の弱さというのか)強く生きていく人間を描いたものにとても惹かれてしまうのだ。

とにかくとてもいい映画だった。


あと二作品。
’’バードマン’’
’’めぐりあう時間たち’’

バードマンは夫が観たいといって借りてきた映画で、始まって二分くらいで寝てしまった。
どうも眠くなる映画があるのだ(ネバーエンディングストーリーと紅の豚は、何度観ても途中で寝てしまう)

夫は最後まで観て、「あの結末には納得いかない。どういう意味なんや、あれは。もう一回観て、見解を教えてくれ」と言うので、仕方なく頑張って寝ないで最後まで観た。
わたしはハッピーエンディングだと捉えたが、夫はあのラストは主役の俳優が本当に自殺してしまい、夢の中のシーンではないか、というのだ。
そうじゃないと、納得いかない、というのだ。

わたしの考えは追い詰められた芸術家が自殺することは想像できるし、けれど自殺してそれで終わりました、というのが安易すぎるのでは、と思った。

それでも、「いや、それは違う、それだと納得いかない」と、最後までこの映画の結末に対して、異常な執着を見せる夫に、半ば呆れかけていた。

その後に、一人で’’めぐりあう時間たち’’という、これもまた芸術家が出てくる話の映画を観終わったときに、「バードマンの夫の説は当たってるかも」と感じた。
二人の作家が自殺するのだが、何かを表現する人間にとって追い詰められた先にあるのは、生き続けるより死という選択肢しかないような気がした。

この映画では平凡な主婦が自殺未遂をはかるものの、結局は長く生き、生きるつらさと同時に彼女しかわかりえない満たされた気持ちを得た表情が印象的だった。

どちらも重い映画なので、何度も観れないのだけど、バードマンはドラムだけを使った効果音と、映像の撮り方がものすごい芸術的というか、美しくて心に焼き付いている。


この秋一番観たい映画は、阪本順治監督のチェゲバラと共に戦った日系人を描いた映画(確かキューバと合作)だ。
阪本監督は’’顔’’を観て以来の大ファンで、’’ぼくんち’’も大変良かった。’’’団地’はよくわからなくて、この監督ってちょっと変態やなとも思った。

先日、なぜかわたしの夢の中に出てきた阪本監督。
漫画のような、コンテ?のようなものをわたしが描いていて、それを監督に見せているという、奇妙な夢だった。
監督はやさしく「煮詰まってる?難しいよね~」と笑っていた。
わたしの頭の中は一体、どうなっているのだろう。




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# by mosottto | 2017-07-13 15:37 | 映画のこと | Comments(2)

外に出れば何かが起こる



梅雨真っ只中であるが、4歳の息子とほぼ毎日虫取りの日々である。

正確にはわたしが虫を捕まえ、息子が虫かごの虫を観察し眺めているのだが。

先日、黒アゲハを捕ってほしいと息子が言い出したので、虫取り網を一心不乱になって振り回していた。
蜜を吸ってじっとしている蝶を捕獲するのは安易だが、動いてる蝶の捕獲はなかなか難しい。

その日の公園では落ち着きのない蝶ばかりで、無駄に網を振り回すはめになった。

40手前になって如実に感じるのだが、頭でイメージしてる自分の動きと、実際の動きが明らかに違う。
イメージではぱっとすばやく動いているのに、実際の動きがスローモーションなのかと思うくらい遅いのだ。
この差に一瞬脳みそが揺れる。
完全に体がついていけていない。

しかも後ろで観てるだけの息子に、
「もう!おかあさん!ぱっと捕ってよ!」と、イラつかれる。

おかしい、おかしいと思いながら、変な汗をかいていたら、突然目の前に小学生の男の子が現れた。

とてもきらきらとしたきれいな眼差しで、彼はこう言うのだ。



「あのね、一匹だけ、捕ってあげようか?」


その言い方が、まるでおじいさんが自分の孫に諭してるかのような、とてもやさしい言い方なのだ。

わたしは一瞬ひるんだが、

「あ、ああ、お願い、願いします!」と、低姿勢で頼んだ。


彼はあっさりと一匹捕まえてくれた。

そして、じゃあ、一匹捕ったしね、という顔を残して、さわやかに去っていった。

その立ち居振る舞いにとても品があり、こんな王子様のような小学生がいんのか!と、しばらく呆然とした。



と、一息つく間もなく、突如公園にリードも首輪もしていない大型犬が乱入してきたのだ。

大暴走する大型犬(たぶんレトリバーだろう)に、喜んでいるのか、怖がっているのか、よくわからないテンションで逃げ回っている小学生たち。
公園がまるで生放送のドリフのコントのように、目まぐるしく犬と子供たちが端から端を行ったり来たりしていた。

わたしたち親子は呆然とそのはちゃめちゃな光景を眺めた。



もうわけがわからない。


犬は尻尾を振ってるので、遊んでほしいモードのようだが、息子は犬が苦手なので、すぐに帰ろう!と言い出し、結局どこの犬なのかもわからず公園を後にすることになった。


平凡な日常でも、日々なんだかよくわからないことの連続だ。








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# by mosottto | 2017-06-22 14:06 | エッセイ | Comments(0)

人生吹き流し


五月、我が家にも高らかと鯉のぼりが泳いでいる。

息子に「お父さん鯉のぼりはどれ?」と問いかけると、吹き流しを指さした。

父親のことを吹き流しという息子。
一般の家庭であったらたぶんあり得ない話だろうが、我が家に至って言えば、なんとなく「吹き流しっぽい父親像」満載のため、否定しきれないところだ。

その場で爆笑した一同だったが、あいにく父親不在であった。
この事実を夫に伝えるかどうか些か迷ったが、わたしのお喋り虫がうずいて、気軽にぽんと伝えてみた。

一気に機嫌が悪くなるだろうかと観察していたら、夫は神妙な面持ちで目を閉じて考え込んでから、こう言った。

「そうか。そんな風に思っているのか。てんつく(息子)はおれに何か感じてるものがあるんだな」と、何やらわけのわからない哲学的思想に想いを馳せているようだった。

頭がくらっとなりながら、「しかし、吹き流しの存在ってなんなんだろうね?きっと何かありそう」と言うと、夫はまたロマンのあるような顔をしながら、「ちょっと調べてみてくれ」と言った。

早速ネットで調べてみると、いくつかの説があり、魔除けであったり、そもそも吹き流しが先で、鯉のぼりは後からの風習になったとも言われている。

その旨を伝えると、夫は薄ら笑いを浮かべながら、
「オリジナルということやな」と、自分の存在をとてもいい具合に表現し出したので、さっさと放っておくことにした。


無風の時は、ぐったりしてる鯉のぼりだが、強風になると、見事に音をたてて泳ぎ出す。
その姿を外からぼんやりと眺めていると、

「なんか、こんな立派な鯉のぼりが泳いでたら、堅気の人の家みたいやな」と夫がつぶやいた。

「え、うちは堅気じゃなかったの」と、思わず返してしまった、新緑香る夕暮れであった。




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# by mosottto | 2017-06-01 14:01 | エッセイ | Comments(2)

なにかを許してみたら




5年近く、許してこなかったことがある。

結婚1年もせずに、夫が結婚指輪を失くしてしまい、そのことを謝るどころか「仕様がない」と開き直ってしまったことが、ことの発端である。

わたしはモーレツに激怒し、その日から自分の結婚指輪も外した。

抗議である。

5年近く抗議活動は続いた。結婚指輪をはめないという地味な行動だ。

夫が新しい指輪を買ってくるまで許すつもりはなかったのだ。



しかしである。

ふと先日、突然、結婚指輪をはめてみようと思い立った。

はめてみると、びっくりした。

5年も一緒に生活してるのに、これから結婚生活が始まるかのような気分になったからだ。

物理的なことが、こんな作用をもたらすとは。

その瞬間に、わたしはずっと許せなったことを許した。


夫を許したということよりも、そんな夫を許せなかった自分を許したのだ。









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# by mosottto | 2017-05-31 14:29 | エッセイ | Comments(0)


4歳の息子に虫取りブーム到来である。

狂ったようにダンゴムシを捕まえ(わたしが探し、彼は捕まえる専門だ)、目をらんらんと輝かせている。

そんなに虫を捕まえたいのか。
ならば。

一緒に虫籠と虫取り網を買いに行った。虫取り網にいたってはラスト一個であった。駆け込みセーフだ。結構長い網を持って店内をうろついていると、息子と同じ年くらいの男の子が、遠くからガン見している。

虫取り網を堂々と持っている大人が珍しいのか、それ、ぼくもほしい、なのか真相はわからないが、虫取り網を持っているだけでとても熱い視線を感じたことは事実だ。
これくらいの年頃には異様に関心がいくアイテムなのだろう。

早速近所の公園にでかけ、息子は虫取りに夢中になった。
蝶々を追いかけるもなかなか捕獲できないが、ぶんぶん網を振り回してるだけで、テンションがやたら上がっている。
もはや、虫取りしなくてもいいのでは、とも思うくらい。

しばらくすると、近所に住んでる小学生の男の子が二人公園に現れ、ブランコを勢いよく立ちこぎで乗り出した。

「虫探してんねんけど、おらんねん。どっかいいとこあるか?」と、その子らに聞くと、
すごい勢いで、しかも二人同時に虫がよく捕れる公園情報を教えてくれた。
二人同時に喋るので、大変聞き取りずらいのだが、一生懸命に聞いた。

その時だ。
ひとりの男の子が、立ちこぎからバランスを崩し、そのまま地面に落ち、後頭部を強打して倒れ込んだ。
すぐに駆け寄ると、目が回って、脳震盪を起こしていた。
たまたまその男の子の家を知っていたので、家の人を呼ぼうと思い、もう一人の男の子に叫んだ。

「おばちゃんな、家の人呼んでくるから、ここにおってな」
大変な状況であるにも関わらず、頭の中で「あ、今わたし自分のことおばちゃんて言った!」と一瞬冷静になる自分がいて少し引いた。

御家族が迎えにきて、結局大事には至らず良かったのだが、その子のおばあちゃんが「ありがとうございます。なあ、よかったな、おばちゃんが助けてくれたなあ」と、言っていたのを聞き逃さなかった。

おばちゃん。

37歳は確かにおばちゃん中のおばちゃんだが、それを受け入れるのに若干時間がかかりそうだ。

そんな母の想いは他所に、息子は初めて虫を自分で捕まえた。

蛾、である。




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# by mosottto | 2017-05-12 09:45 | エッセイ | Comments(2)

連休は家族ソロ活動


GWに行く予定だった愛宕山登山が延期なり、我が家はそれぞれ連休をソロ活動で過ごした。

息子は親戚のおじさんと大文字山を登り、おばあちゃん家(夫の実家)へ初お泊り。

夫は今月のツアーに向けての練習やリハ、レコーディングなど、大変だけど充実した日を送っていた(本人談)

わたしはと言えば、人生で一番やらないだろうという園芸に手をつけていた。
育児もままならないわたしが、植物を育てることというのは大変高いハードルだったのだが(前年、プチトマトを育てたが一個も実が付かずという経緯あり)、家でひとりほっげーと口をぽかんと開けていると、無性に「花を育てたいっ!」という思いがふつふつ沸き上がってきた。

息子も夫もいない、静かな今のうちに!

車をホームセンターまでぶっ飛ばし、園芸コーナーをしげしげと観察した。
比較的育てやすそうな、ゼラニウムとラベンダーを選んだ。
土肥など一通り購入し、家に帰って鉢に植える。

ーーー土を触り、緑に触れるって、なんだか満たされるーーー(細い目)

ひとりにやにやしていると、お向かいのおばちゃんが「こんにちは」と声をかけてきた。
このおばちゃんは園芸好きで、家の前にあふれんばかりの花を育てている。

「まあちょっと見てやってください」と、おばちゃんに超初心者園芸模様を見せた。

去年の咲きはイマイチだったが、今年の春にたくさん花をつけた白いゼラニウムを見て、「上手やなあ」と園芸のプロフェッショナルに褒められたのである。

「土の鉢は重くて使ってないから、好きなだけ使って」と、鉢も大量にもらった。

これで完全に火がついてしまった。
狂ったように花屋や園芸コーナーを物色しに走る。

そして毎朝、外に出て、植えた花を見て、うっとりするのだ。


夫に「お、園芸に目覚めたんか」と、指摘される。
「そうやねん」と、静かに返す。

おばちゃんたちの社交でもある園芸(よくおばちゃんたちは家の門で「いや、奥さん、この花なにい?」と園芸トークをよくしている)にとうとう手を付けてしまった。

あるママ友は畑を借りて無農薬で野菜を栽培してる。
わたしにはそんなこと無理だと思っていたが、一歩一歩近づいてきているかんじがする。
まずは去年一つも実らなかったプチトマトのリベンジからである。


そういうわけで、家族ソロ活動し、のびのびとした休日を過ごせて大変よかった。



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# by mosottto | 2017-05-11 10:18 | エッセイ | Comments(0)


昨日の夜、近所のドラッグストアで買い物をしてると、二軒隣に住んでいる夫婦と、ばったり遭遇した。
この夫婦とはいつも遠くから会釈するだけという、ごく浅い近所付き合いで、見かけたことも数回しかない。
「あ、こんばんは」と軽い挨拶をして去ろうとしたら、奥さんの方がわたしを引き留めた。

「あの!○○〇〇〇ちゃん??」と、わたしの旧姓のフルネームで呼ぶのだ。
旧姓で呼ばれることはここ数年なかったので、え!と、驚くと、その奥さんは、
「わたし、〇〇〇〇〇なんやけど、小学校が一緒やったの、覚えてる?」と、不安そうにのぞき込んだ。

あ!
そう言えば。
わたしは遠い記憶を呼び起こして、なんとなくだが、そういう名前の同級生、幼少期の面影をぼんやり思い出した。
でも、彼女とは特別親しかった記憶はない。
「もそっとちゃんの家にも、遊びに行ったことがあって、今でも家の風景とか覚えてる」と言う。
その子と自分の家で遊んだことなんて、記憶になかった自分に驚いた。
しかも、わたしは小学校のほとんどをストライキして行ってなかったのだ。
なのに。
その子はわたしのことを覚えていた。
いつも近所で遠目で挨拶することしかなかったのに、「ひょっとして」と思っていたという。

7、8歳の時の自分と、40代目前の自分がまったく重ならないと思っていたのに、人から見ると、面影をちゃんと残していたのだ。

一瞬、その時、時間軸がぐらぐらと揺れたように感じた。
ほとんど抹消したような過去の時間に、引き戻されたような感覚なのだ。

喋りたいことはなんだか山ほどありそうなのだが、ドラッグストアで立ち話できるような世間話でもなく、なんだか宙ぶらりんのまま、挨拶をして別れた。

帰り道、不思議そうに顔をのぞく息子に「お隣さんのお姉ちゃんね、おかあさんの小学校の同級生だったよ、すごいね。なんかおかあさん、小学校のころに戻ったような気分だ。不思議だね」
そう言って手を繋いで歩いて帰った。

三日月だった。

帰って夫にそのことを報告すると、「おれと同じやな」と言った。
夫も前に、幼稚園の時のクラスメイトに会い、夫は覚えてなかったが、向こうははっきり覚えていたという。
どちらも偶然音楽の道に進み、三十年越しの再会で、今年の年初め、ラテンバンドのライブでセッションしていた。

「そんで、再会を記念して、セッションするんか?」と、夫が当たり前のように聞いてきた。
ふつうは、お茶しに行こうとか、ランチしようとか、飲みに行こうである。
バンドマンでもないのに、センッションできるはずないやろ、と思ったが、こういう時、音楽をやっていたら、と無性にうらやましくなった。


しかしだ、もう三十年も前の自分を置いてきぼりにしてきて、突然、時間を超えて、7歳の自分と出会った気分になった一瞬だった。
出会いと言うのはすごいものです。


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# by mosottto | 2017-05-01 15:21 | エッセイ | Comments(2)

人生のまさか。


自分の人生でこんなことはしないだろうと、思うことが、生きていると度々起こる。

ひとつは、ふて寝である。
ドラえもんののび太のように、布団をかぶってふてくさせるというあれだ。

あんなこと、するの?と思っていたが、30過ぎて、夫とケンカしたり、イラついた日は、9割方、わたしはふて寝をする。

絵に描いたように、「もう、寝る!」と家族に言い放ち、家事と育児を放棄して、布団をかぶって寝るのだ。
だいたい5秒ほどで寝れる。

次の日は何もなかったように、すっきりとした朝を迎えられるからとてもいい。


ふたつ目は、道端での立ち話だ。
幼少期、母と歩いてると必ず知り合いのお母さんに会い、母同士で長い立ち話をする。
待たされた子供は退屈極まりない。
なんでそんな喋ることある?と思っていた。中身があるようなないような会話ではないか。

大人になってからも、道端で話し込む主婦を見たら、あの姿はおばちゃん感丸出しやなあと、うっすら軽蔑さえしていた。


しかしだ、昨日息子と不燃物のゴミ出しの帰り道、知り合いのママさんに会い、PTAの役員の引継ぎがどうだの、あれはどうなった?だの、軽い立ち話をして、子供に「早く帰ろうよー」と言われた。

はっとした。

まさか自分が!

一瞬くらっとしたが、生きていたら、こういうことも起こるだろうと開き直った。


生きていると、そんなことの連続だ。


そのほかに自分の人生でそれだけはしないだろうと思うことは、南の島でバカンス。プライベートビーチでトロピカルジュースを飲みながら、ゆっくり読書、である。




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# by mosottto | 2017-04-26 10:03 | エッセイ | Comments(0)

誰かを笑わせたいのです



笑いは緊張と緩和だと言う。

だからか、しんと張り詰めた雰囲気の場で、突然おもしろいことを思いついたりする。

(蛭子能収が葬式の時ほど笑ってしまうのと同じ原理だろうか。)


子供の懇談会でも、真面目にいろんな家庭の話を聞いていると、「なんか笑わせたい」という衝動にかられ、うちの子の少し笑えるネタを投入してみる。

ウケるとうれしいし、ややウケだと、もっと頑張らねば!と思う。
帰りにママさんに、「爆笑でした!」と感想を言ってもらえた日には、心の中でガッツポーズだ。
そして、わたしは何しに懇談会行っているんだろうかと、後になって急に疑問に思ったりするのだが。

ママ会でも、我が家の一ネタを披露し、みんなが腹を抱えて涙を流すくらい笑ってくれた日には、「今日はいい仕事ができた!」と、意味不明な達成感に包まれる。


一番ひどいのは、少し前の保護者会の総会で、役員同士での真面目な、もっと言うと深刻な話し合いをしてる最中、場がとても緊張感に包まれたので、「いや~園長先生、ああ見えて職員室の自分の机で万札数えてたらおもろいですね」と、言いそうになったことだ。

そんなことしそうにない園長が、というブラックジョークだが、どう考えても今そんなことを言ったら、全員引きつってしまう(一人くらいは苦笑いするかもしれない)と、瞬時にブレーキがかかった。
言わなかったものの、そういう場ではいつも頭の中で、くだらないことが行ったり来たりしてる自分に時々うんざりもする。


でもおもろいことを考えるのが好きなのだ。





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# by mosottto | 2017-04-25 14:43 | エッセイ | Comments(0)

中年にさしかかる子供


土日はお父さんが子供を連れて公園に行ったり、もしくは家族全員で出かけたり、などという家庭が多いと思う。


我が家の場合はほとんど母子家庭に近い状態である。
夫はだいたい土日は休みだが、やっと自分時間!と言わんばかりに音楽の練習したり、パソコンの前で難しい顔をしたり、たまにガラムを吸って息抜きし、演奏をしにいったり、スタジオへ消えていく。

まだ子供が1,2歳くらいならまだしも、息子は今年5歳である。
お父さんを必要としてる時期ではないのか。
母親ばかりと一緒では甘えてばかりだ。
自分のやりたいことばかりに時間を使い、お前も子供じゃないのか!と、内心、はらわたが煮えくり返る思いであった。


先日の休みに、「たまには一緒に公園へいってこい」と、二人を半ば強制的に追い出した。
息子は「わーい!」とうれしそうである。
夫は浮かない顔。
なぜなら、公園へ行っても、遊びに没頭する息子なので、ずっとそれを見守ってる状態が退屈なのだという。(親としては当たり前のことなのだが)

案の定、30分もせず帰ってきた。
夫は思春期の中学生のような顔をして、
「ぜんぜん、遊んでくれないっ!」と、本気でキレていた。

もはやどちらが子供なのか、わからない。

息子も若干しゅんとしていたので、「一緒に買い物いこう」と誘うと、ぱあっと明るい顔になった。
近所のドラッグストアに行き、「好きなおやつ、選んでいいで」と言うと、ぜったい食べたくない不気味な色のグミを選んだ。

それと一緒にカプリコのイチゴ味を夫のおやつに買った。

家に帰り、わたしは美容院の予約があったので、夫にカプリコを渡し、出かけた。


次の日の朝、夫にあげたカプリコを息子がおいしそうに頬張っていた。
息子にあげたんだと思って、何も思わなかったのだが、朝帰りで昼過ぎに起きてきた夫に、「あのカプリコ、てんつく(息子)が食べてたで」と言うと、信じられないくらい悲しそうな顔をする夫だった。

子供が一緒に遊んでくれないと嘆く夫。
子供にカプリコを食べられて悲しむ夫。

どれも今年40歳になる大のおっさんの話だ。


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# by mosottto | 2017-04-24 15:20 | エッセイ | Comments(0)

お弁当論争



いつも夫のお弁当を作っているのだが、ほぼ毎日、帰ってきたらお弁当箱を流しに出さず、袋に入れっぱなしである。

次の日の朝、仕様がなく袋から出し、お弁当箱を洗う。

そして新しいお弁当を袋に詰める。


今日もまた、帰ってきても、お弁当箱が出ていない。


わたしは考えた。

お弁当袋に図入りで「お弁当箱は、だす」という、貼り紙をした。

「お弁当箱は出してね」と書くとなんだか白々しいし、
「お弁当箱は出しといて!」だと、あからさまに攻撃的すぎる表現。
なので、「お弁当箱は、だす」という極めて無機質なトーンの表現にした。
一週間に一度くらいの頻度でお弁当を出すようになったが、それでもほとんど出されていない。

ううんと、わたしは首をひねる。

さらにデカい貼り紙をしよう。

前の二倍のデカさの紙に黒マジックで「お弁当箱は出す」というメッセージと、目つきの悪いネコが弁当を出してる絵を描き、お弁当袋にデカデカと貼って持たせた。

夫が帰ってきて、「仕事場の人がこの貼り紙見て、そうとう弁当箱出してないんㇲねって爆笑されたわ」と言いながら、お弁当箱をすんなり出している。


第三者を巻き込む力は絶大である。


この効力がいつまで続くのか。

しかし、夫にいかにスムーズにしてほしいことを誘導していくかというのは、育児と似ている。
忍耐と地味な労力。




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# by mosottto | 2017-04-23 10:22 | エッセイ | Comments(0)


テレビで自閉症の特集を見ていて、大学生の自閉症の女性が小学校の頃の記憶を話していた。

「とにかく学校にいくといろんな情報や音が一気に入ってきて、その状況に耐えられなかった。中学の時は配慮してもらい、放課後にマンツーマンで授業を受けていた」

それを聞いて、あ、と思った。

自分も小学校が苦手で、行くと大音量のノイズが体中を走り、頭が痛くて、何も発言できなくなり、ただ教室の中で小さく丸まり、友達ができないので、休み時間は廊下をひたすら歩いていたのだ。

先生に特別学級なるクラスに放課後来てみない?と誘われた。
子供なりにそこにいく子は他の子と何かが違うから、そこへ行かされるんだと気づき、絶対に行かなかった。

結局小学校を三年生の時から卒業までストライキした。(小5は半年くらい行ったが)

大きなものに、わたしは抵抗していた。

母は泣きながら「なんであんたはみんなと同じことができないの」と言った。
子供のように、思い通りにならない現実に悔しがって泣いてるようにも見えた。

8歳くらいのわたしは、「なんでお母さんは人と違うわたしを、責めるのだろう?」と不思議に見つめた。
父親も世間の常識からズレるのを嫌い、わたしを猛烈に責めた。
それから一歩も家を出ることをやめて、両親とも誰とも話すことがなくなり、ただひたすら読書や絵を描いたり、音楽を聴き続けた。

もしかしたら、わたしも実は心療内科などに行っていれば、そういう診断を受けたのかもしれない。


けれど、そういう病気です、と言われたとして、何か変わったのだろうか?
あの子は病気だから、と、周りが配慮しだして、わたしの心は楽になったのだろうか?


今思うと、みんな個性があるのが当たり前なのに、みんなと同じであることが大事と言われているような集団生活で、特別扱いされるなんて地獄でしかない。

わたしはたった一人で抵抗していたのだ。
今思うと、あんたそんな力入れんでもよかったのに、とも思うが。

大人になってからやはり俗世間に馴染めないところもあるし、「変わってるねー」なんて言われることもあったが、一部の人たちと芸術家からは「ふつうやで」と言われた。

世界はひろいな、と思った瞬間である。









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# by mosottto | 2017-04-21 13:16 | エッセイ | Comments(2)


コーヒーが好きじゃない。
なのに、コーヒーを淹れるのは好きなのだ。


20代後半、スタバでさえも、コーヒーを注文したことがなかったのに、急に自分で淹れてみたくなり、一式揃えた。

豆も、京都で有名な焙煎所の豆を仕入れて。
ケニアもインドもブラジルも深煎りも朝煎りもようわからず。

部屋中に豆の香りが広がって、それだけで心地いい。
しかし淹れたてを飲んでもちっともおいしくない。

やはりコーヒーが好きじゃなかったのだ。


数年後コーヒー好きの夫と結婚し、彼は毎朝のように自分でドリップする。

「どんな豆でも淹れ方でうまくなる。高い豆を淹れたら誰が淹れてもおいしくなるやろ。でも安いそのへんの豆でも淹れ方が上手やったらうまいのや」と、熱弁する。

コーヒー好きの友人をほかにも知ってるが、それぞれの趣味嗜好やこだわり、コーヒーに対する自論を激しく持っているので、聞いてると正直めんどうくさい。
がたがた言うてんと、飲めや、と思う。

今でも時々自分で淹れるが、やはり、さっぱり上手さがわからない。
自分の淹れたコーヒーがうまいのかどうかも。

先日ママ友に自分で淹れて出したら、
「自分、コーヒー淹れるのうまいな」と言われた。

そうか、それなりにおいしいのか、と人の意見で確認するが、自分で飲むと、やはりわからない。

コーヒー自体の味が好きではないのかもしれない。

だったらわざわざ淹れて飲むなや、と言われそうだが、淹れるのが好きなのだから仕様がない。

コーヒーを淹れる時間。
豆の様子をうかがって、待って、ゆっくり行う所作。お湯を注ぐ音。立ち込める香り。
すべてが心地いい。

また別のママ友の家にお邪魔したとき、彼女はゆっくり時間をかけてコーヒーを淹れていた。

「あかん、納得いかん!もう一回淹れなおすわ」と、真剣な表情。
コーヒーに対するこだわりが彼女をより凛々しくさせた。
そういうこだわりは好きや、としげしげとコーヒーを淹れる後ろ姿を見つめて待っていると、

満面の笑みで彼女は「完璧に」淹れたコーヒーに、どぼどぼと牛乳を投入させた。しかも温めず冷えた牛乳!

まじか、と思った。

「良かったら使ってや」と、どんと威勢よく、テーブルに牛乳パックが置かれた。
あのこだわりはなんやったのか。
わたしの頭の中に鳥が飛んで行った。

そうか、彼女もコーヒーを淹れる所作が好きなのかもしれない。
そう思うことにしよう。







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# by mosottto | 2017-04-13 10:08 | エッセイ | Comments(4)

無秩序な中の心地よさ


整理ができない。

引き出しの中は、ぐちゃあっとなっているし、いつもだらしのなさで夫にブーブー言われている。

本屋の暮らしのコーナーに行くと、整理術の本がずらりと並んでいる。
最近は流行りなのか、お洒落なものが多い。
しかし、手に取ってぺらぺらめくった瞬間、頭がくらくらと揺れる。

並べ過ぎだ。
みんな、きれいに並べ過ぎだ。

こんなに「まっとうに」並べられると、とても生きた心地がしない。

若干呼吸困難になり、静かに本を閉じて元に戻した。
この本に用はない。



知り合いに、ミニマムな生活を目指して整理好きな主婦がいる。

なにやら整理好き友達がいるらしく、彼女らと日々、自分の家の’完璧に整理されたお気に入りゾーン’を写メに撮って、メールで送り合うとのこと。
そしてお互いの家に行き、整理ポイントを披露し合うという。

その話を聞いただけで、吐きそうになった。

彼女たちを我が家に招き入れたらどうなるのだろう、などと想像してしまう。

衣類がぱんぱんに押し込まれたクローゼット、スプーンやフォークが収納しきれてない乱雑な引き出しの中、分類されてるのかどうかわからないような領収書の山、意味のない物が転がっている我が家。
彼女たちは発狂するだろう。
お掃除スイッチを一気にオンにしてしまうこと大だ。



きっちり整理できていれば、物事が効率的に運び、スムーズに暮らせそうだが、「あれ、どこにやったっけ?」などと言いながら無駄な時間を過ごすのも嫌いではない。


去年写真家ソウルライターのドキュメンタリー映画を観ていたら、彼の家の中は実に無秩序であった。
自分の作品のネガなどが一切整理されていないため、作品集を作るのに一苦労するのだとか。

でも彼は言う。無秩序な中の心地よさがある。


そうか、整理され過ぎた部屋にいるととても生きた心地がしない理由がわかった。

物も人も雑多な方が好きなだけなのだ。








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# by mosottto | 2017-04-12 14:52 | エッセイ | Comments(2)



西原理恵子の漫画の中で、息子っていうのは急に走り出してどこかへ行っちゃうものなのよ、というシーンがあった。

ほう。そういうものか、やっぱり、と思いつつも、自分の息子のことを思うとあまりぴんとこなかった。

うちの息子はどちらかというと慎重派で、恥かしがりや、とても甘えたで、4歳になってもスーパーで少しはぐれただけで、泣きだしてしまうほどなのだ。

だから急に走り出してどこかへ行ってしまうなんて、まだまだ先だ、と思い込んでいた。

しかし、先日、帰り道に息子が急に言い出した。

「ぼく一人で帰るし!お母さんついてこないで!」とやる気満々の顔で宣言し、だだだだーっと走りだした。

追いかけると怒るので、はじめてのおつかいばりに、そうっと隠れて見守ってると、案の定突発的に飛び出したり、前を見ていないので、車にぶつかりそうになる。

何度も冷や冷やして、これは心臓に悪い。
なんかあってからでは遅い!と自転車を立ちこぎで息子を追いかけた。

家の周りは車の往来が多いので、まだ4歳の子一人では大変危険である。女の子ならまだしも、男の子なんてなんにも周りを見ていない。目の前の蝶々しか見てないだろ、お前ら、というかんじだ。それでも息子は風のように軽快に駆け抜ける。

とても自由で楽しそうなのだ。


うちの子、急にどうしちゃったんだろう。


次の日、息子とドラッグストアへ行き、会計を済ませていると、いつもなら隣で待っている息子が見当たらない。

消えた!

案の定、店を一人で飛び出し、家に帰る途中であった。

「おしっこ出そうやったから、先に帰ってたんや」と。



しかし、急である。



急に走り出して、どこかへ行っちゃうのか、男の子って。

そうやって数十年後に外国とか急に行っちゃうのだろうか。

急すぎて、母は心臓が、どきどきする。





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# by mosottto | 2017-04-12 13:55 | エッセイ | Comments(2)

おっさんにからまれる


日々、ネタを求めて右往左往してるのだが、先日おっさんにからまれた。

息子と郵便局の前で自転車を止めている時、おっさんはどこからか、くわえ煙草でふわあっと寄ってきた。

結構な至近距離で、
「なあ、今何時かわかるか?」と聞かれた。

背広は着てるが、くわえ煙草といい、目がどうもまっとうではない。

携帯を探して、
「4時10分です」
と答えると、

「まだ4時なってないんやな」と、おっさん。

いや、4時過ぎてるし。
時間とか、ほんまはどうでもいいやろ、話したいだけやん、と心の中でツッコミながら、おっさんを無視して子供を自転車から降ろそうとしていたら、

おっさんはじいっとこっちを見て、

「自転車乗っとんのか。自転車はよ降りや!」と叫んだ。

今、降ろしてるところやし。

無視して郵便局へ向かうとしたとき、棒立ちでこっちを見ながらおっさんは叫んだ。

「ヘルメット!自転車乗るときは、ヘルメットかぶりや!」


たまたまその日、子供の自転車用のヘルメットを忘れていたのだ。


「今日は忘れたんや!」と叫んで、郵便局に入った。


「へんなおっちゃん居たな」と、息子につぶやくと、「そうなん?」と不思議そうな顔をしていた。

郵便局から出ると、あのおっさんはもういなかった。

子供といると、どこからともなく、ふらふらしたおっさんにからまれることがよくある。
「ええ子やな」と、急に飴をくれたり。
「こんな怪しいおっさんについていったらあかんのやで」と忠告してくれたり。

大概そういうおっさんはどことなく、まっとうでない雰囲気をかもしだしているのだ。

自分が子供の時も、何してるんだかわからない、町をさ迷うおっさんはいた。
あたたかくなると出没する、町の風物詩ともいうのか。

こんなおっさん、まだいんねやなと、すこしなつかしい気分になったりするのだ。






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# by mosottto | 2017-04-11 14:37 | エッセイ | Comments(0)

春、母になる。


もう春である。

5年前の春、わたしは夫と結婚し、夫の実家で同居することになった。
誰も知り合いがいない町に引っ越して、家の周りは田んぼや山やら、自然だけは充実していたのである。

街中から引っ越してきたので、しばらく途方にくれた。
カフェも店もなにも、ない。
友達もいないし、家では気を遣うし、とても毎日が緊張と不安の連続であった。


そしてある時、姑のあるひと言に大変傷つき、わたしは突如脱走した。

裏の山に逃げ込み、それはそれは悲劇のヒロインばりに大泣きしたのである。
わんわん泣いていると、そこは犬の散歩道にもなっているので、大きなレトリバーと中年のおっさんが通りかかり、

「どうしたんですか?」と、おっさんは軽く引きながら声をかけてきた。

まっ昼間に山の草陰で、三十路過ぎの女が泣いてるのである。
なかなかない光景に、やはりおっさんは引いていた。

わたしはおっさんにつらい状況を言いかけたが、口から出てきた言葉は、
「なんでもないです」
だった。

なんでもないわけ、ねーじゃん。という顔を残しておっさんとレトリバーは去っていった。

わたしは悲劇のヒロインごっこをやめ、山から降りて、住宅地をとぼとぼと歩き始めた。
帰る家は、夫の実家だけである。
でも今帰ったら姑もいるし、バツが悪い。
帰りたくない、そう思いながら、携帯で実家の母に電話をした。

すべての話を母は黙って聞いてくれ、最後にこう言った。

「あんた、もうすぐ母になるんだから、強く生きなさい」

正義感と責任感の塊のような母らしい一言であった。

わたしは腹を決めて、家に戻った。
心配していた姑に、自分の気持ちを伝えたら、姑は泣きながら「ごめんな、ごめんな」と謝ってくれた。

それから三年間、わたしたちは時にケンカしたり、笑ったり、喜んだり、泣いたりしながら、家族としての時間を過ごした。

5年経った今では、第二の実家のように、いつもくつろがせてもらっている。


しかし、あの茶番劇のようなわたしの振る舞いは、今思い返すと恥ずかしさを超えて、お笑いである。
子供だったのだ。


姑の一言で山に逃げ込むなんてこと、今はもうしないだろうなあと思うと、すこしさみしい。

母になり、オブラートのように薄かった心が、ドラム缶のように大変頑丈になってしまったからだ。









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# by mosottto | 2017-03-23 11:48 | エッセイ | Comments(0)

ずっこけ春の梅田祭


久しぶりに家族三人で梅田へ出かける。

知り合いの個展を観に行く為だ。

休日だったので電車は満員だし、梅田は人は多いわで、画廊に着いた途端、息子は速攻下呂を吐いて笑っていた。
談笑も束の間、すぐに画廊を後にし、梅田の雑踏に出た。

雑踏は小さな子供にとってとてもストレスのたまる場所なので、すぐに公園を探してしまうのは、母親にとって条件反射である。

男の子は特に、ただ何もないところを走ってるだけで楽しいのだ。
走れない都会はとても窮屈だ。


HEPの観覧車を見つけ、あそこに避難しようと決めた。
休日なので、15分待った。

わたしたちの後ろに、まだほやほやの若いカップルがいて、女の方がやたら男にじゃれている。
男にからかわれているのが、女はとても嬉しくてたまらない様子。
わざと口をとがらせて怒ったりするかんじが、とても見ていられない。
そうか、自分も若い時は、周りにこんな風に見られていたのかと思うと、非常に情けなくなった。

しかし、だ。
女の異常なじゃれっぷりが鼻につくので、どんな面してそんなじゃれているのだ、と、思い切り真正面の女の顔を見ると、おてもやんそっくりだった。

まあ、ふたりが幸せならそれでいいじゃないか、という結論に至ったわけである。


結婚五年目のわたしたちは静かに観覧車に乗り、静かに楽しんだ。
丁度夕暮れ時だったので、景色が三丁目の夕日のような光景で、家族三人でそれを眺められる幸福をかみしめた。

その後、夕食を食べて、夫は伴奏の仕事だったので新大阪へ向かい、わたしと息子は家路に向かった。

阪急の一番最後の車両に乗り込み、息子はかぶりつきで車掌さんの仕事っぷりを眺めていた。
アナウンスをして、ドアを閉め、最後にベルを「チンチン」と二度押すのだが、息子はこの「チンチン」と鳴る音に大ウケして、車内わりと静かだったのだが、「おかあさん、チンチンだって!!」と、息子の下品な笑いが響き渡っていた。


次の日、夫の実家に行ったときに、観覧車内の動画を夫が撮影していたので、みんなで鑑賞することになった。
テレビ画面に映し出される観覧車から見る夕日はきれいで、息子のはしゃぐ姿などを、おばあちゃんは喜んで観ていた。

しかし後半の映像で、

わたし「そりゃあ、お金持ってる人は何でも空で移動すんのわかるわ。こんな上からの景色観てたら、電車なんてあほらしくて乗る気にならんわ」

とか

わたし「(観覧車の)入場料、大人500円て思ったより安いな。1000円以上取ると思ってた」
夫「一人1000円も取ってたら、誰も乗らんやろ」

などという、下世話な金の話のオンパレードで、大画面で観るにはとても耐えられない仕上がりになっていた。

春分の日、夫の実家で嫁の金の話が響き渡る、それはとてもさわやかな休日であった。






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# by mosottto | 2017-03-21 09:55 | エッセイ | Comments(0)

久しぶりの映画ネタ


2016年度のアカデミー賞授賞式の様子をテレビで観ていた時のことである。

夫と映画などを一緒に観ていると、ずっと彼は横で話しかけてくる。
大体物語の行方はどうなるのか?などの、観てればわかるやないか、という問いかけだ。
「集中して観てんねん!黙ってくれ」と、一喝すると、「真剣やな」と、40手前のおっさんが口をすぼめるのである。

このアカデミー賞の時も、黙ってじいっと観ていると、いつものようにいろいろ話しかけてくるので、一切問いかけには答えず無視した。

すると、「すごい観てるな。ほんまに好きなんやな。うーん、でもその熱い思いは、おれはいいと思う」などと、勝手にわたしの映画好きを自分の中で認めていた。

ある黒人女優のスピーチが始まり、その彼女の思いが胸に響き、だーだーとわたしは涙を流していると、夫はその女優を観て呆れたような声で、
「なんやこれ、教会の説法みたいやな」と、ほざいた。
本気で殴ろうかと思ったが、こんなことくらいでエネルギーを消費するのは大変無駄だと思い、拳をおさめた。


さてアカデミー賞はさておいて、映画である。
古い映画を立て続けに観た。

’恐怖のメロディ’と、’招かれざる客’である。

恐怖のメロディはクリント・イーストウッド監督主演の映画で、まだストーカーという言葉がない時代のサイコスリラーらしい。
だがわたしにはどうもB級映画臭くて、クリント・イーストウッド一体どうしちゃったの?というかんじだった。
このクリント・イーストウッドの演技に夫は大変ウケていた。


’招かれざる客’は、黒人と白人の恋愛がタブーの時代に描かれた映画で、一日の出来事をテンポよく見せる構成だった。大きな動きもないし、絵的にも変化がないのだが、俳優たちの緊迫した演技でぐいぐい引き込まれていくのが圧巻であった。
シドニー・ポワチエもキャサリン・ヘプバーンも観ていて惚れ惚れした。


義父が息子にと持ってきたディズニーアニメ’ズートピア’は、息子はもう5回くらい憑りつかれたように観ている。
絵はかわいいが、内容はトランプ政権に向けられてんのか?と思わせるメッセージ性もりもりで結構シビアだ。

こんな内容子供が観てもおもろいのか?と思ったが、さすがディズニー、ハラハラドキドキシーンと、ユーモアシーン、そして最後はVIVA!みんなハッピーに踊りまくって終わりっ!という流れで大変子供は満足してるようである。
一緒に観ていた夫の横顔を見ると、苦虫かみつぶしたような顔をしていた。





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# by mosottto | 2017-03-17 14:45 | 映画のこと | Comments(0)

一期一会



独身時代のもうずいぶん前の話だが、友達に食事を誘われた。

友達の職場の元上司で、もう定年して自由に暮らしているおじさんの家にお呼ばれしたのである。


事前に食べたいものを聞かれて、

「肉」とだけ返信しておいた。


そのおじさんの自宅にいくと、ローストビーフがどかんと置かれていた。

おじさんは、
「もう、肉って聞いて困ったよう、なに用意していいかわかんなかったから、とりあえずこれで」
と、困ってるけど嬉しいようなそんな顔をして招き入れてくれた。

おじさんは勝新太郎のような風貌で、今は和やかだが、癖のある人生を送ってきたんやろうなあ、という趣きを感じさせた。

おじさんとわたしの音楽の趣味が大変合い(ジャズとソウルミュージックだ)、意気投合してすぐに仲良くなった。

肉ばかりを食べる姿や、ラファエルサディークのライブDVDに熱狂するわたしに、おじさんは大いに喜んだ。

その後、おじさんとわたしは音楽談義に花を咲かせ、いろいろ話していくうちに、おじさんの私生活の話にもなった。

どうやら奥さんとの間に確執があるようなのだ。離婚してるのか別居してるのか知らないが、とりあえずおじさんは一人で暮らしているのだ。
もういい歳をしたおっさんだけど、背中は意固地になってさみしそうな少年そのものだった。

「素直に謝ってみたらどうですか」とおじさんに言うと、
「そんなことはできないよ」と、意地になった。

ベランダでぷかぷか煙草を吸っているわたしの姿を、おじさんは切なげに見るのである。


しばらく経って、ふとおじさん元気かな?と思い出し、ブルーノートであるライブに行きませんかとメールを送った。

返事が返ってこないなあと思ったら、友達から電話がかかってきた。

おじさんが死んで、今からお通夜やねん、ということだった。


結局二度しか会ってないが、別れというのは常に唐突なものである。


少年のように喜んだり、素直になれず苦しみ、孤独な空気をまとった姿が思い出された。

おじさん、謝れんかったままなんかな、きっと、と思いながら、しとしと降る雨を見つめた。






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# by mosottto | 2017-03-15 11:31 | エッセイ | Comments(0)

豊かな食卓


「ぱさっとした胸肉のから揚げが嫌いや」

夫の一言ではっとした。

わたしは胸肉のあの食べごたえのある感触が好きだった。
母の作る大量のから揚げは、間違いなく胸肉だったし、から揚げといえば、胸肉なのだ。

だから胸肉のから揚げを食べるとどこかなつかしくなるし、母を思い出す。

我が家のから揚げが胸肉だったのは、間違いなく経済的理由である。
そのことを知ったのは、大人になってからだ。

我が家で焼肉といえば、豚か鶏で、大人になって初めて焼肉屋に行ったときに、牛肉が出てきて非常に面食らった。
ー牛肉なんて食べたことないー。

カレーの肉もサバの缶詰なんて当たり前で、その甘ったるい味が非常に貧乏くさいと幼いながらにも勘付いていた。

うなぎのかば焼きなんてものも、初めて食べたのは大人になってからで、「あれ?これとよく似たようなやつが家で出てたな、、」と思い出すと、ちくわを平らに開いて甘辛いたれで焼いた、’ちくわのかば焼き風’という母の創作料理であった。

あとは大体、田舎のおばんざい料理が多かったので、洋風なメニューは滅多にお目見えしなかった。

母が珍しくレトルトの’ラザニア’を買ってきたときに、今でも覚えているのだが、「こんなおいしいものがあったのか!」と大変感動して、「おかあさん、またこれ買ってきて!」と言うと、母は冷酷な眼差しで「高いからダメ」と、娘の懇願を一刀両断した。

今でもスーパーでレトルトのラザニアを見かける度に、あのうらめしい思い出が蘇るのだから、幼少期の何気ない母親の一言は絶大である。


そんな母親におばんざいばかり食べさせられていたため、わたしは極端におばんざい系のもの(切り干し大根、高野豆腐、なすの炊いたの、白和え、胡麻和えなど、、)は欲しなくなり、今でも滅多に作らない。

しかし、実家から自家製切り干し大根をもらったので、仕様がなくニンジンやお揚げさんと炊いて食卓に出した。
すると4歳の息子がほぼすべてを食いきってしまった。
普段どこの国の料理かわからんものばっかりを出しているせいか、彼はどうやら’おばんざい’を欲しているようだ。

またある時は、「おなすを焼いたのに、ちょこっと醤油をたらすの、あれうまいよなあ。おかあさん、またおなす買ってきて!」と、抜群の笑顔で言ってきたりする。

またわたしの母親の遺伝子を、息子は受け継いでるのか、と思った瞬間であった。




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# by mosottto | 2017-03-15 10:06 | エッセイ | Comments(0)

夫が恋をした




「ああ、体がふわふわして何も手がつかない」

最近の夫の状態である。

やけにぼんやりしていて、遠い目で、とろんとしている。




夫が恋をした、メキシコに。




去年メキシコ人夫妻(旦那さんは演奏家)が我が家を訪問したのが縁で、メキシコという国と繋がりを持つようになった。
メキシコに行き、たくさんのメキシコ人やキューバ人らと親交を深め、自分たちの家族のように夫のことを世話してくれた彼ら。
帰国後は絵に描いたようなメキシコかぶれの夫である。


メキシコ人夫妻が我が家に来た時に驚いたことの一つに、彼らはシャワー後に大量の香水のようなものをばっしゃばしゃと体に振りまき、家中がその匂いで包まれるのである。
よく外国人の傍に行くと、きつい香水の匂いがするが、そんなかんじである。
それが彼らの普通の身だしなみなのだ。


帰国後夫は香水をつける習慣がなかったはずなのに、うれしそうにメキシコで買った香水を体に振りまき始めた。

待ってくれ。
ここは日本だ。
お前はこってこての日本人なのだ。

心の中でそう思って夫をしげしげと見ていると、

「ああ~なつかしい、この香り。思い出すなあ~」と、にやにやと物思いにふけっている。

その香りをかいだわたしの反応は、一言で、
「くっさ!」である。
出産後、匂いに敏感になり、よく売られてる市販のシャンプー、欧米系柔軟剤、もちろんきつい香水の匂いが全部受け付けられなくなった。

「くっさ!」を連発もするも、夫は我関せずで、終いには「そのうち慣れるよ」
ふざけるな、このやろう、である。
あまりにも臭いので、外でつける分には自由だが、車内などの密室ではつけるな、と禁止令を出しておいた。

夫が恋してそんな迷惑なこともあるのだが、恋の効能がいい方に作用したこともある。
感情表現の起伏が激しい夫の性格が穏やかになり、あまり小さなことで怒らなくなったことである。(以前は朝からミクロレベルのことでキレていた)

恋ってすごい。

すごいが、近いうち、恋するメキシコに家族で訪問することになりそうな気配で、頭がぼんやりしてきた。
そしてまったくメキシコに興味のないわたしが、一番メキシコかぶれになりそうな気配を若干感じつつ、もう、日本は春がやってくる。








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# by mosottto | 2017-03-10 14:20 | エッセイ | Comments(2)


夫が日帰りで東京へ行く用事ができたので、4歳の息子も同行して父子ふたり旅が実現した。

今まで母子二人旅はけっこうあったのだが、仕事やらなんやらで多忙な父親と息子が二人で遠出するということは、一度もなかったのである。

いってこい、いってこい!と、ふたりを駅まで見送った。

新幹線に乗れるうれしさと、なんのこっちゃわからんがとにかくお出かけできる嬉しさで、意気揚々と息子は旅立っていった。


ふたりを見送ってすぐに、図書館へ車を走らせ、『毎日かあさん』(西原理恵子の漫画)を5冊借りた。
漫画しか借りない、というのは実に清々しい気分になるものだ。

そして家へ帰り、窓を開け放ち、掃除機をかけて、台所の後片付けをして家中がさっぱりとなった。

本日あまりに快晴だったため、二階の狭いベランダに折りたたみ椅子を出し、大量の干された洗濯物に囲まれながら、そこに座って漫画を広げた。

本当はおしゃれなテラスで読書、といきたいところだが、現実とはこんなもんである。

太陽の光りをさんさんと浴びながら、漫画を読みふける。
主婦にとって、これ以上の贅沢はあるだろうか?

最高だ。

声に出さずにそう思いながら、延々狭いベランダで時々洗濯物が顔にあたるのを避けながら、漫画をむさぼりつくように読んだ。

昼前に夫から東京に着いたと電話が鳴る。


昼食に缶詰のタイカレーを食べながら(もちろん狭いベランダで)そしてまた、漫画を読む。


昼過ぎにまた夫から電話が鳴る。
今から浅草に行くということらしい。

そしてまた、漫画を読む。

気づくと16時である。
洗濯物を勢いよく取り込み、気分転換にドライブをしようと’Mo better blues’というスパイクリーのジャズ映画のサントラをガンガンにかけて、車をぶっ飛ばした。
この映画のサントラの曲が、快晴でまだ浅い夕暮れどきにぴったりなのだ。
3年前くらいにジャズフェスの野外でこの曲を演奏してるバンドがいて、その時もそんな快晴の気持ちの良い夕暮れ時で、ベビーカーを押しながら、大変感動して聴いたのを思い出した。
音楽は生活が豊かになるもののひとつである。


帰宅するとすでに日は暮れて、軽い夕食をとった。
卵かけごはんである。

簡単でありながら、贅沢なごはん。
こんな夕食は家族がいたらきっと出さない。
相当みんな腹がすいてない時以外は。

5分くらいで夕食は終了し、こたつに入って寝転んでぼんやりテレビを見ていると夫から電話である。

「今から晩御飯。」
「なに食べるの?」
「広島焼」

東京に行って、広島焼!
愕然としたが、4歳児連れていろいろあちこち回って、丁度目についたのが鉄板焼き屋だったんだろうと、安易に想像できた。

息子に代わってくれて、初めてちゃんと電話越しの息子の声を聞いた。
今までは「ほら、お父さんからだよ」とか「おじいちゃんだよ」と、息子に電話をふる方だったので、自分は電話の息子の声は聞いたことがなかったのである。

「おかあさん」
わたしはあまりの電話の声のかわいさに、白目になった。

「ごはんたべてるよー」
毎日死ぬほど聞いてる息子の声が、離れて聞く電話の声がこんなにかわいいなんて。

「だいすきー」
わたしはこんなのをいつも聞いてる夫に激しく嫉妬した。
あのやろう!

電話を切り終えて、息子の電話の声を肴に、一杯やりたい気持ちだったが、後で駅まで車で迎えにいかねばならないことを思い出して、我に返った。


22時前に元気に帰ってきた息子と、かなりぐったりしてる夫。
体力的にはタフな人だが、4歳児連れの日帰り東京旅行は相当こたえた模様。


夫が撮影した動画を見ながら、息子はお茶、私たちはビールで乾杯した。
今日一日なんにもしてないのに、ビールがうまい。

あまりに慌ただしかったため、おみやげを買いそびれたと夫は謝ってきたが、この一日が’おみやげ’のような一日であった。




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# by mosottto | 2017-03-06 13:13 | エッセイ | Comments(6)


ひょんなことからゲイバー(正確にいうと、ニューハーフの飲み屋)に行くことになった。

しかも夫の叔父とである。

たまたま叔父の連れが行けなくなったので、誰か行くか?という話に
なり、「それでは私が」と手を挙げてみた。
こんな機会は滅多にないのだから、乗るしかないだろう。


自分の父親くらいの年齢の夫の叔父と、夜の祇園へ向かった。
叔父には家族共々お世話になってるが、まさかゲイバー初体験を共有するとは(叔父も初めてである)

叔父はおまじない用にと、お店に入る前にショートホープをコンビニで買っていた。
わたしは心の中で「おまじない?」と、首をかしげた。

平日の早い時間だったため、お店の中には客はおらず、わたしと叔父の前に、面接官のようにニューハーフ二人が真正面に座った。

見たところほぼきれいな女性であるが、やはり声は異様に低い。
堂々と二人とも真正面からわたしたちをガン見するので、興味本位で来ただけというのがお見通しのようで、余計に焦る。

隣の叔父をみると、ニューハーフ姉さんにホープに火をつけてもらっていた。
「(お客に)煙草に火をつけたの久しぶりだわ~」とか、
「お店で無理してお酒飲まなくてもいいの。わたし飲めないんでって言えばいいだけだし」とか、
ホステスに有るまじき発言を堂々と発する姉さんに、ぽかんとしてしまう。

勝手なイメージで、こういう店ではミッツやマツコやナジャみたいな人が出てきて、キョーレツな話芸で笑わせてくれると思っていたが、普通のきれいなホステスさんがしっとりとお酒をつくってくれたりするクラブとなんら変わりなく、わたしがここへ来てよかったのだろうか?と、やはり焦るのである。

むしろ、あんたら親子か?という謎の二人がしれっと客として入ってきたのだから、やりにくさったらないのだろう。

店内無音、両者手探り状態の空気に耐えられず、わたしは勢いよく生ビールをあおった。
そして聞かれてもいないのに、キャバクラでから回ってしゃべり倒すおっさんのごとく、べらべらしゃべり続け、姉さん二人にゲラゲラ笑われる始末。

ビールをあおり、もう家に帰りたいと思った瞬間、ママが出勤してきた。

このママこそ、イメージ通りのママであった。
女装はしてるものの、その姿はおっさんであり、喋りは漫談家もしくは噺家。
饒舌なトークは目の前でショーを観てるかのようであった。
たたみかける様な話芸に思わず唸る。

ママのプロフェッショナルぶりに実に感動した。

気づくと私たち以外にも客がちらほら来ていて、しかもグループでなくおっさん一人で来ているではないか。
羽振りよさそうなおっさん、せっかく来ているのにスマホばかりいじってママと目を合わせないおっさん、ますますわたしの興味はママ以外にも広がっていった。

そして機関銃のように客をイジリ倒すママ。


きっとここに来る客はみんなママの話芸と、イジってもらうために来ているのだと思うと納得した。

わたしもママに気持ちいいくらいにイジられ、説教されることとなった。
彼女たちは厳しくも本当のことしか言わないので、上辺だけで喋る会話よりも数倍優しさを感じるのであった。
帰り際、ママに「今度は子供連れてきなさいよお~」と言われる。



義母に子守をしてもらっていたので、早々に切り上げ家に帰ると、4歳の息子が「おかあさん、どこに行ってたの?なにしてたの?」と聞いてきたので、
「社会勉強だよ」と答えておいた。




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# by mosottto | 2017-03-05 09:56 | エッセイ | Comments(0)


去年から今年にかけて、人生で初めての体験を二度した。

一つは競馬、一つはゲイバー体験だ。


競馬自体に興味はなかったけれど、競馬場に行ってみたくて、義母と息子を誘っていった。

夫は幼少の時に、父親に散々連れられていた思い出があり、「まったく行く気がしない」とのこと。


京都競馬場、菊花賞の日であった。

競馬場の横に広い広場があり、そこにはたくさんの遊具があるので、びっくりするくらいの親子連れで賑わっていた。

息子も大喜びで駆け回っている。
義母に子守をお願いし、とりあえず馬券場にいってみる。

新聞紙を敷いて、ビールやらワンカップやらを飲みながら、赤ペン持って競馬新聞をにらみ、あーでもないこーでもないと言っているおっさんだかおばさんだかわからないような人たちで、カオスになっていた。

馬券の買い方もイマイチよくわからないので、とりあえず今から始まるレースを見に行き、頭の中だけで「何番が来そう」などと思いながら見守っていた。

ゲートが開いた瞬間、競馬場にいる大人たちが「いけーーーーい!」と、血眼で一斉に叫び始めた。

馬、勝負、金だけしかない異様な空間だ。

レースが終わると、頭を抱えるひと、満面の笑みの人、あきらめたような顔の人、顔には出さない極めて冷静な人、酒飲んでいびきかいて寝ている人たちなど、様々である。

わたしが予想だけしていた馬が一着できたので、その瞬間に馬券場に向かって、菊花賞の馬券を買うことにした。(まんまと競馬に遊ばれている)
気のよさそうなおっさんに声をかけると、何から何まで丁寧に教えてくれて、5分くらいで馬券が買えた。

馬券を握りしめて広場に戻った。
息子はおままごとに夢中である。

「お義母さん、馬券買ってきました!」と、さわやかに義母に伝えると、

「わたしも買ってくるわ!」と、非常にフットワークの軽い義母は馬券場に走っていった。

菊花賞のファンファーレが競馬場に鳴り出すと、どよどよと歓声があがり、ものすごい拍手が場内を包んだ。
競馬ファンの競馬へかける情熱みたいなものを感じ取る。

お金がかかっているので、夢中で馬を応援した。
さっきまで死ぬほど遊びまわっていた息子は、白目向いて夢の中にはいりつつあった。

結果は惨敗であったが、これは馬のことをもっと勉強して予想しないと、競馬自体を楽しめないなあと、帰り道で思うのであった。

こんな見学のような買い方ではだめだ!
何事も本気になって挑まなければ、おもしろくない。
結果はおまけのようなもので、予想する過程が何より競馬する人のエネルギーを高揚させるのである。

あいにく、馬の知識を勉強するまでの競馬への情熱を持ち合わせていなかったので、競馬の面白さを知ることはなかったのだが、こんなに多くの大人たちが熱狂するという場面を見られただけでもいい経験であった。


家に帰って競馬体験談を夫に伝えると、まったく興味がなさそうな声で、「あそこはカオスやで」とだけ返した。



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# by mosottto | 2017-02-27 11:07 | エッセイ | Comments(2)



関空まで息子と一緒に迎えにいったのだが、’あの’ラピート(難波~関空を運行する南海の特急電車である)に乗れるだけで、コサックダンスでもなんでもいい、小躍りしたい気分になった。

ホームでラピートが入ってきた瞬間も、
「ほらっラピート!来たよ!」と、息子へ言う’ふり’をしながら、実は自分が大喜びだった。
母親の異様なテンションとは裏腹に、
「あ、ほんまやね」と、息子は冷静に喜んでいた。

正直なぜラピートにそれほどの高揚感を持てるのかは、自分でもよくわかっていない。



さて夫である。
30時間のフライト(乗り継ぎ、待ち時間込)で、死神のような形相であった。

小型スーツケースと、でかいバックパッカーを背負って、髪もぼっさぼさ、太鼓に張る革も抱え、死神のような顔、もうどこの国の人で何をしてる人なのかよくわかない。
ロスでの乗り継ぎで、メキシコから来たというだけで、怪しまれたそうである。
妙に納得した。

着いて早々、息子が何か食べたいと言い出したので、空港内の飲食店街を探すが、どこも満席で人が並んでいる。
なにせ30時間フライトでふっらふら、
「これ以上は待てない!」と、死神のような顔をした夫はすたすたとフードコートのような場所へ行ったのだが、どこも満席、やっとのことで席を確保するも、キレぎみの夫。
疲れているからイラつくのだ。

しかし、夫がキレたらわたしも倍返しでキレるという、ラテン方式をとってる我が家は、感動の再会も束の間、すぐに言い合いだ。
ラリーを数回繰り返し、私たちは551の豚まんを食べて数秒後にはもとに戻っていた。
腹が満たされれば、平和なのだ。

息子は両親の下らないけんかには感知せず、終始平和に豚まんを頬張っていた。

我が家では息子が一番冷静で大人である。
反面教師がでたのかもしれない。


わたしへのメキシコ土産は、アクセサリーと、手のひらサイズのでっかい丸い水晶だった。すごい存在感だ。
織田無道を思い出した。

鉱物好きなので水晶はうれしいが、これをチョイスする辺りが、ふつうの夫ではないな、と思うのであった。







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# by mosottto | 2017-02-21 12:17 | エッセイ | Comments(0)


去年仕込んだ味噌が出来上がった。

これで完成したのか正直よくわからないが、今晩の豚汁で成果がわかるだろう。


二年前から、梅酒、梅シロップ、梅干し作りなど、梅仕事をやり始め、とうとう重い腰をあげて味噌つくりに挑戦した。

もともと、梅仕事も味噌つくりも、自然派志向だからやりだしたわけではない。

昔の人は当たり前にしていた、手間暇かけて一年熟成させて作るという工程を、一度体験したかったからだ。
発見や驚き、楽しさもあって、やってよかったと思えた。



しかし、自分という人間が、まさか梅干しや味噌を仕込みだすとは、人生どう転ぶのかわからないものだ。

うちの母親は今思うと、自然派志向の人だった。
どくだみを育てたり、お腹の調子が悪い時は梅肉エキスをなめさせられたり、草餅をつくるから土手でよもぎを摘んできてと言われ、よく兄とよもぎ摘みに行かされた。
おやつも果物や手作りの’芋ようかん’や手作りドーナツ、きなこをご飯にかけた’きなこご飯’などだった。

市販のお菓子をほとんど食べさせてもらえなかったので、友達の家に呼ばれて、キンキンに冷えたお茶の中にポッキーが10本くらい入ってるグラスを出された時は、天と地がひっくり返るほどの衝撃でのけ反ってしまったことを覚えている。

こんな食べ方があるなんて!
ポッキーってなんておいしい食べ物なんだ!

人間は極端に何かをだめと言われたりすればするほど、その反動でだめなものを求めるのだと思う。
思春期になったわたしは、ありったけの小銭を握りしめて、ポテトチップBIGやらピザポテトなどのスナック菓子を買い求め、むさぼりつくように食べるようになった。


高校の茶道の研修で行かされた精進料理も蕎麦以外まったく食べられなかった。
おいしい、おいしいと言って食べてる同級生を白い目で見てる有様だ。
「食べるもの、ないやん。刺身ってこれ、こんにゃくやん!騙されてるやん!動物性のものを摂れないからって、誤魔化して食べてるだけやん!これは不健康な食べ方や!」と、腹のワタが煮えくり返るくらいの怒りを精進料理に対してぶつけていた。


そんな思春期を過ごしていたので、料理もまったく作れない。
作れるといえば、牛乳に混ぜるだけのフルーチェくらいのものだった。(料理とは言えない)

そんなわたしが中学の卒業文集で書いた将来の夢が、「ふつうのお嫁さん」だったような気がする。

料理もなんにも出来ないような女が、どの面下げて、そんな夢を抱くのだ!と、今思えば説教ものだが、現在結婚して子供もいて、ほどほどに料理もするようになって、味噌を仕込むほどまでになったのだから、人生の帳尻合わせが絶妙というしかない。

先日4歳の息子と河原に行ったとき、息子が「おかあさん、これよもぎや!これでなにか作ろう」と言い出し、一心不乱によもぎ摘みを始めた。

息子にわたしの母の遺伝子がしっかり組み込まれてることを確信した瞬間である。

摘んできたよもぎは、天日干しして、よもぎ茶にするつもりだ。




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# by mosottto | 2017-02-21 11:08 | エッセイ | Comments(0)

漫画のような話


まだ息子が、ベビーカーに座らせても大人しく座っているくらいの時の話である。

わたしと息子は、近所を散歩をしていた。

なんとか昼寝をさそうと、必死で田んぼやら畑やらある、のどかな道を歩いていた。


ふと目先に、原付に座って休憩してる警備員のおっちゃんがいた。

ああ、休憩してはるなあ、なんてぼんやり思いながら、おっちゃんの前をベビーカーを押して横切っていった。



その約10秒後くらいである。



ど、どどどどどおーーーっと、ものすごい音をたてて、おっちゃんが追いかけてくるではないか。

丁度小さな小屋の前で、ひと気がない、死角になってる場所である。

午後の昼下がり、三十路越した母親と赤ん坊、そして警備員ーーー。


妄想力が異常に強いわたしは、一気に血の気がひいた。

「さっ、刺される!!」と、咄嗟に思った。

振り返るとおっちゃんは、目の前10センチほどの至近距離まで迫っていた。

「近い近い近い、近い!あかん、これはもうあかん」
そう思った瞬間である。



「あのう、ぼっちゃんに、どんぐりをあげてもいいですか?」

恥ずかしそうに、おっちゃんは言うのだ。


「どんぐり?ああ、はあ。」と、拍子抜けしたわたしを他所に、おっちゃんはまた猛スピードで原チャリまで戻り、いすをぱかっと開けて、ごそごそと探してから、また走って戻ってきた。

「これです」
嬉しそうな顔をしておっちゃんは手の平を見せてくれた。
ぽっこりと丸い、大きなどんぐりが乗っている。

「わあ、大きいですね。ありがとうございます」と礼して受け取ると、またおっちゃんはじいっとわたしの顔を見つめるのだ。

「あのう、もうひとつ、ぼっちゃんにどんぐりをあげてもいいですか?」
真剣な顔だ。

「はあ」と頷くと、また猛スピードで原付まで走って戻ってきた。

「これです」
満面の笑みである。

見るとさらに大きな丸いどんぐりだった。


礼を言うと、照れくさそうにおっちゃんは走っていってしまった。

まだ言葉を話せない息子に、どんぐりふたつを見せた。

不思議そうにどんぐりを見る、まん丸い息子の目。

まるで漫画から飛び出してきたようなおっちゃんだったが、あれは夢だったのか。

いや、実際にあった話である。




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# by mosottto | 2017-02-14 13:46 | エッセイ | Comments(4)